▶ 2011年2月号 目次

複眼分析 どう読む大国中国の軍事力

ジャーナリスト 竹田純一


 いよいよ経済大国になった中国は、経済力を軍事力に転化して軍事大国も目指すのか。国際社会には拡張的行動への警戒がある。一方、中国自身はその軍事力は防衛目的でレベルはまだ低いと主張する。軍事大国としてパワーゲームに走るのか、それとも安全保障面で国際協調をとるのか。分析の視点として、いくつかの要素を考えてみたい。
 第1は「相似性」と「非対称性」。
オバマ政権の台湾への武器売却に中国が反発、米中両国の軍事交流はこの1年中断した。だが1月の胡錦濤国家主席の公式訪米への地ならしで、中国は年明け早々にゲーツ国防長官の北京訪問を受け入れた。その訪問中、四川省成都の軍用機メーカーでは、レーダーに映りにくい第5世代のステルス戦闘機J-20が初めて試験飛行した。
 中国は、大国として先を行く米軍と「相似形」の軍事力を目指している。J-20の開発や空母建造の動きはまさにその象徴だ。陸海空3軍の全分野で「機械化と情報化の同時建設」を合言葉にしている。
だが会談後の共同会見で梁光烈国防相は、「経済成長で確かに軍事建設は進んだが、先進国より20~30年遅れている」と述べた。たとえば5年前に配備がスタートしたJ-10戦闘機は国産とされるが実は心臓部のエンジンはロシア製。戦力投射に不可欠の国産大型輸送機もない。全体的優位性は米軍に及ばない内実はある。ただ米軍レベルには達しない劣勢でも、アジア周辺国には脅威と映る面もある点に留意が必要だ。
 他方で、中国は部分的優位性を目指す投資もしている。移動中の空母を攻撃できる対艦弾道ミサイル(ASBM)、衛星破壊(ASAT)兵器、サイバー戦力などの開発を米側は問題視する。真正面のガチンコ対決ではなく「非対称戦力」で米軍優位に対抗する意図との疑念だ。米国防総省の報告書は、ASBMは米空母の西太平洋への来援を阻止し防衛ライン(戦略縦深)を前方に広げる「アクセス拒否」戦略と強調している。
 第2は「ポジ」と「ネガ」。
 中国人民解放軍は2年前からソマリア沖の海賊対処に海軍艦艇部隊を派遣している。現在は第7次隊が展開中だ。昨年は中東、東アフリカ、西南アジア5カ国に大型病院船を派遣し巡回医療も行った。国連PKOには、累計18ミッションに1万3千人以上を送っている。非伝統的安全保障問題への「ポジティブ」な国際貢献だ。中国では「非戦争軍事行動」と呼び、「軍事核心能力」の建設と並ぶ軍の重要任務と位置付ける。ただ昨秋には上海協力機構(SCO)が隣国カザフスタンで行った対テロの合同演習に空中早期警戒管制機(AWCS)と空中給油機が支援する爆撃機まで投入し、その意図には疑問符もついた。

 他方で米側は、中国側にはグローバルコモンズを脅かす「ネガティブ」な動きもあると警戒する。グローバルコモンズとは、海、空、宇宙、サイバー空間のいわば人類の共有領域(ドメイン)とされる。昨年は特に中国が3つの外海すべてで権益主張を強め、摩擦を顕在化させた。
南シナ海では、中国高官が米側に同海域は「核心的利益」と言明したと伝えられたが、前年には海南島沖200カイリ排他的経済水域(EEZ)で中国艦船が米海軍音響観測艦を妨害するハラスメントが起きていた。クリントン国務長官はASEANの国際会議(ハノイ)で「海洋コモンズへのアクセスと自由航行は米国の国益」と反転攻勢にでた。中国は「米軍の高密度の偵察や調査が問題」(馬暁天副総参謀長)との主張。双方の論理はかみ合っていない。
 韓国哨戒艦の沈没事件後、米韓両国が北朝鮮をにらみ空母「ジョージ・ワシントン」も含め黄海で予定した演習に中国は反対を表明。公海であっても近海はレッドゾーンとの権益主張を示した。米韓は演習海域を日本海に変えたが、延坪島砲撃事件後は黄海での演習を押し切った。東シナ海の尖閣諸島沖で中国漁船が海上保安庁巡視船に衝突した事件では、軍の動きはなかったが、中国政府は船長の即時釈放を声高に要求し強硬姿勢を続けた。
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 欧米では大国化した中国の対外姿勢をassertive(独断的)と表現することが多い。問題は、中国は経済面では国際経済と軌道を連結させたが、安全保障面は独立独歩である点だ。
外国の侵略を受けた歴史トラウマの克服と共産党統治の正当性維持のため、中国はひたすら大国・強国化を目指してきた。だが大国になった今、そのパワーを国際社会でどう使うのか。指導部は「平和的台頭」(最近は平和的発展と言い換え)の理念を掲げるが、まさに風格が問われている。
わが国が経済力を対外的な軍事力に転化させなかったのは誇っていい。中国の動向を複眼的な視点で見極めつつ、米中双方とパイプを通じて戦略的なかじ取りをしていくのが大事だ。
         (ジャーナリスト 竹田純一)