▶ 2011年3月号 目次
電子書籍と出版流通の深い関係<上>
佐久間 憲一
電子書籍にかんするレポートは、その機能と特性に注目するあまり、紙(アナログ)と対比し分析したものばかり。出版業界に与える影響に関しても正鵠を射た議論は少ない。おそらくそれは、出版業界がかかえる問題への正しい認識が前提とされていないせいだろう。
2010年は電子書籍元年といわれたが、出版物の売上減少は止まらなかった。出版科学研究所発表によると出版物(雑誌・書籍合計)の推定販売金額は、前年比3.1%減の1兆8,748億円となった。限界産業のラインと言われた2兆円を割り込んだ2009年からさらに1兆9,000億円台を下回った。同金額の推移を見てみるとピーク時の1996年が2兆6,553億円であるから、この14年間で7,800億円減少したことになる。
また、全国の書店数も大きな減少傾向にある。講談社の調査によると2008年の廃業数は1,095店、97年から12年間の累計廃業店数は1万 3,065店と、08年の書店数1万6,110店と比べれば、現存の書店数の8割に及ぶ(小田光雄『出版クロニクル』参照)といった、異常事態が生じている。
ややもすると、こういった事態の原因を「読者の活字離れ」といった、消費者の動態や性向の変化に求めがちである。しかし、大きな要因となっているのは、じつは、出版業界がつくり上げてきた近代流通システムそのものであり、その根幹にあるのが再販委託制度(再販価格維持制度+委託販売制)といえるだろう。
日本の出版物の流通は「出版社→取次(卸)→書店」といった過程がメインストリームとなっており、全出版流通の約7割がこのルートを経由していく。しかも、日販、トーハンの取次大手2社による市場寡占率は75%を超えている。
この2大取次のルーツは1941年、戦時統制の一環としてつくられた日本出版配給株式会社(日配)に遡る。1938年の国家総動員法の公布を背景に「出版新体制」構想が浮上し、240余社の取次が日配一社に集約、一元管理化されていった。
戦後も日配の配給システムは続いていたが、48年にはGHQから集中排除法の該当指定を受け、49年には解体を余儀なくされた。しかし、日配がなくなると出版物が流通しない。半年後には、東販(現トーハン)、日販、日教販、中央社、大阪屋など、現在まで続いている取次が誕生することになった。販売条件は買切制から委託制へと移行し、56年には再販制が導入され、ここに現在の最大の問題と思われる再販委託制度が確立された。
読者の立場からいえば、再販制度は日本全国どこで購入しても同一価格という利便性を生んだが、書店からすれば売れ残った本を値引きすることや、品薄になった本を高値で売ることはできない。とはいえ、新刊書のほとんどが返品自由な委託販売制のもとにある。ならば書店はリスクを負わないのかというと、そんなことはない。
取次は月々の代金回収機能を持っている。中小書店は月に2回の支払いを義務付けられており、一方で大書店は月1回の支払い。書店の決済は返品相殺方式なので、いずれの書店も、売れなかった本をできるだけ早く返品して、支払額を少なくしたいといった心理が働く。そこで中小書店からの信じられないほどの大量返品が発生してしまうのだ。
また、出版社と取次の関係もそう単純ではない。各出版社により取引条件がまったく異なるのだ。たとえば、正味といわれる卸値を例にとっても定価の60数%~70%の幅があり、そのうえ最初から数%の返品の手数料(歩戻)を徴収することもある。
とくに、老舗大手・中堅出版社(約200社)への優遇措置は顕著で、新刊委託部数分に対して、翌月にその何割かの代金が仮払いされる取り決めがある。比率は出版社によって個別に決まっていて、10割のケースから4割のケースまで様ざまだ。新刊委託で納入した本の売れ行きに関係なく、新刊本を流通させさえすれば急場のお金が作れるから、委託販売を止められない、といった事情がそこにはあるのだ。
一方、多くの中小・零細出版社には一切そのような特典はない。新刊委託本の代金は半年後(時には1年後!)の清算である。
=以下、電子書籍と出版流通の深い関係<下>に続く
(佐久間 憲一・牧野出版社長)