▶ 2011年3月号 目次
電子書籍と出版流通の深い関係<下>
電子書籍と出版流通の深い関係<上>の続き=
佐久間 憲一
こうした、出版業界の制度疲労が限界に達しているともいえる状況に登場したのが、電子書籍という「商品=仕組み」なのだ。出版社にしてみれば、再販適用外であるから、価格は自由に付けられる。「期間限定半額」などということはもちろん、いつでも売価を変更することも可能だ。また、物理的な商品が存在するわけではないので在庫を持つ必要もなければ、委託→返品といったロスも生じない。取次などは存在しないのだから、書店(ネット・ショップ)との契約も大手老舗、新規中小に関係なく明瞭公正である。とくに、取次の恩恵にあずからない出版社にとっては大きな魅力となる。
一方、著者の立場に寄れば、出版社を介さずに直接書店との契約を可能にし、取得できる印税は60%~70%! 一般の書籍の10%の印税に比べれば、これまた何と魅力的なということになるのだ。
しかしながら、この1年間を見るかぎり、電子書籍が出版業界の起爆剤となり大きな牽引車となる気配はない、というのが正直な印象であろう。それには、いくつかの問題に対して誤解があるからではなかろうか。
まず、現状において、ネット上で販売するときに競合相手になるのは「電子書籍」ではなく他の「アプリ」ということだ。とくにタブレット型の電子端末(iPadやガラパゴスなど)のユーザーは、ゲームやエンタテインメント、ビジネス・ツールなどのアプリと比較検討して、その電子書籍が面白くなければ、そして役に立たなければ購入しないのだ。それだけ、厳しいチェックにさらされる。また、ネット・ショップではリアル・ショップのように、タイトルをブラブラ見て歩くということが難しい。けっきょく、目的買いや売れ筋、おススメの書籍に向かうことになる。大多数のタイトルは、読者の眼に触れることなく埋もれてしまうだろう。
印税にしても、書籍であれば、初版から刷り部数に応じて保証されるが、電子書籍になるとリアルタイムにダウンロード数が分かるため、端から実売への支払いとなる。じっさい、月に数部とか十数部の実売などというケースは珍しくもなく、著者の口座に振込む手数料のほうが印税より多い、などという笑えない話さえある。こういったリスクについては、意外と説明されていないのだ。
つまるところ、電子書籍をめぐるこの一年の騒々しさとは、十数年間にわたり出版業界が放置してきた構造的な問題に、業界自体が直面せざるを得なくなったことへの大いなる焦りと不安なのではなかろうか。それを、紙かデジタルかなどという表層的な議論に終始しているままだとすれば、出版業界の未来に明るさはない。本質的な改革に着手する絶好の契機ととらえたとき、正味期限の過ぎた流通システムを超克するあらたなシステムの構築が可能であるはずだ。
(佐久間 憲一・牧野出版社長)