▶ 2011年4月号 目次
記者の仕事を変えてはならない
木村良一
フェイスブック、ツイッター、ユーチューブといったインターネットメディアの登場で、新聞やテレビなどの既存メディアの在り方が問われている。その影響の強さからネットメディアが既存メディアにとって変わるとの声まで聞こえてくる。
それは1月上旬にチュニジアから始まった北アフリカ・中東諸国の一連の政変や反体制デモの原動力がネットメディアであったことや、マグニチュード9・0を記録した3月11日の東日本大震災でネットメディアが役に立ったことを考えても分かるだろう。
しかし、メディアがどう変わろうと、現場の記者の仕事そのものは変わることはない。いや、変わってはならないのである。
なかでも夜討ち朝駆けといった古典的手法まで駆使して新たな事実を掘り起こしながら調査報道を推し進めて特ダネを打ち、ニュースを分かりやすく解説しながら国家が次に打つ手まで社説で主張できる新聞記者の役割がさらに重要なものとなるに違いない。
30年ほど前の話になるが、支局勤務の新人記者時代、最初にやらされた仕事がツラ(ガンクビ)取りだった。ツラ取りとは事件事故の被害者、犠牲者の顔写真を遺族や親族、友人らから借りたり、その場でカメラで接写したりする仕事のことだ。
このツラ取りの仕事は新人記者にとって辛かった。遺族は最愛の子供や親を亡くして意気消沈している。そこに新聞記者として訪れ、「新聞に載せたいから写真を貸してほしい」と言わなければならない。親族に「馬鹿野郎。人の気持ちが分からないのか。こんなときに何だ」と怒鳴られることもある。私などバケツの冷たい水を頭から浴びせかけられた苦い経験がある。
しかし、この仕事はとても勉強になった。犠牲者の遺族や親族がどういう気持ちでいるのか。どう対応すれば写真を貸してもらえるのか。取材相手の気持ちを本当に理解しなければ新聞記者などできないという仕事の基本が学べた。それは特ダネを取るコツにもつながった。
夜討ち朝駆けもたいへん勉強になった。警察官や検事、国税職員も夜間、取材車を飛ばして彼らの自宅に押しかけると、昼間とは違った顔を見せる。日ごろから守秘義務で口の堅い彼らが饒舌になる。日本酒やウイスキー、つまみまで出してくれたうえ、肝心のネタとまではいかないものの、ヒントをくれたりするからこちらもうれしくなる。朝駆けのときは自宅から出てくる彼らを玄関先でつかまえ、「今日、逮捕するのか」と単刀直入に聞く。そうすると、「うん」とうなずいてくれることもある。
調査報道には時間と取材費がかかるが、新聞記者はこうした報道を解説や社説と同様にもっと進めていくべきである。
抜いた抜かれたの特ダネ合戦も忘れてはならない。まず他社の新聞記者と競争することで取材が深まり、大きなスクープを読者に提供できる。さらにそのスクープを他社が追いかけて掲載すれば報道の効果が上がり、社会の不正を正すこともできる。
本欄の2月号で私は「インターネット時代の中で既存メディアの新聞やテレビが失ってならないのは、読者や視聴者の信頼だ」と書いた。その信頼は記者のこうした日ごろの仕事から生まれる。
いま、新聞社は多くの記者をデジタル画面作りに投入している。しかし、新聞の記事を切り取ってデジタル画面に貼り付けるのが、記者の仕事ではない。目の前で起きている現象を自分の眼で冷静に観察し、ときには朝駆け夜討ちといったレッグワークで地べたをはいずり回りながら取材相手の生の声を聞き出して記事を書く。これが記者の仕事である。いまのネットメディアにはとてもまねできまい。
新聞記者は記者本来の仕事を忘れてはならないし、メディアがどう変わろうと、記者はこれを変えてはならない。
(産経新聞論説委員 木村良一)
◇おことわり 産経新聞の社説とは違い記者個人の考えを書いたものです。