▶ 2011年5月号 目次
原子力エネルギーを諦めるな
木村良一
福島原発事故の暫定評価が「レベル7」に引き上げられたことには驚かされた。東日本大震災から1カ月後の4月12日の経済産業省原子力安全・保安院の突然の発表だった。このレベル7は国際原子力事象評価尺度(INES)の基準で最悪の評価になるだけでなく、25年前に起きた旧ソ連のチェルノブイリ原発事故と肩を並べることになる。これで原発を柱にした世界各国の地球温暖化対策は後退せざるを得なくなるだろうとの見方は強い。
しかし、24時間出力できるベース電源になり、しかも環境問題を解決できる原子力エネルギーを簡単に諦めてしまっていいのだろうか。考えてみたい。
まず、今回の福島第1原子力発電所の事故とチェルノブイリ原子力発電所の事故とを比べてみよう。チェルノブイリ原発は運転中に核分裂反応を制御できなくなって大爆発を起こし、炉心ごと吹き飛んだ。それゆえ放射能汚染の量は多く、範囲も広かった。事故直後には発電所の作業員ら30人ほどが死亡している。
これに対し、福島第1原発の事故は、震災直後に自動的に停止し、死者や重傷者は出ていない。現在も放射能漏れが続いているのは、大津波ですべての電源が破壊され、炉心が冷やせなくなったからだ。原発は原子炉が止まってもウラン燃料は崩壊熱を出し続ける。なかでも2号機は爆発直後、数時間に渡って最大で毎時1万テラベクレルの放射性物質が外部に放出された。レベル5(3月18日発表)から一挙にレベル7に引き上げられた根拠のひとつがこれだった。しかしその後、注水による冷却で外部放出は1万分の1にまで減っている。
福島第1原発事故とチェルノブイリ原発事故の経緯や規模が違うのが、よく分かるだろう。福島第1原発事故はチェルノブイリのような最悪の事故ではない。国際原子力機関(IAEA)も「2つの事故は全く異なる」との見解を示している。
ところで原子力エネルギーのウラン燃料は数年間、交換する必要はなく、しかも使用済み燃料を再処理して使うこともできる。石油や石炭、天然ガスなどの化石エネルギーに比べ、供給が安定している。そのうえ二酸化炭素を排出せず、地球温暖化を防げる。エネルギー資源に乏しい日本にとってこれほど重宝するエネルギーはなく、日本は国内の電力の約3割を原子力発電に頼ってきた。54基という日本の原子力発電所の数は、アメリカ(104基)、フランス(58基)に継いで世界で3番目に多い。
ただ、原発は事故で放射能漏れを引き起こすと、その被害は甚大なものになる。この原発事故を未然に防ぐにはどうしたらいいのだろうか。人類はこれまで米国のスリーマイル島原発事故(1979年)、チェルノブイリ原発事故(1986年)、そして福島第1原発事故(2011年)…と3度大事故を経験した。これらの事故を十分に検証し直し、その結果を各国が安全対策に結び付けていくことが原発を使い続けるうえで何よりも重要だ。
今回の福島第1原発では予想を超えた大津波によって惨事に至った。津波の高さは14~15m。原発が建つ敷地が標高約10mだから大津波が押し寄せ、非常用発電機も故障し、その結果、炉心溶融や水素爆発が起き、放射能漏れにつながった。津波に対し、東京電力は建設当時、1960年のチリ地震の津波をベースに最大3・1mの高さの津波を想定して国の設置許可を得た。2002年には土木学会の指針に基づいて想定する津波を最大5・7mまで引き上げた。最近になってもっと大きな津波を考えるべきだとの指摘もあった。しかし、東電はそれを想定しなかった。
ここで大切なのは想定外の事態が起きた場合にはどう対応すべきかも含めて対策を練っておくことだ。補償問題を解決する方法の検討も忘れてはならない。事故の収束を目指す福島第1原発はもちろん、それ以外の原発でも対策を急ぎたい。地震や津波といった自然災害だけでなく、テロに対しても同じように万全の備えが求められる。
さらに日本は福島第1原発の事故の検証結果を国内はもちろん、国外にも説明する責任がある。それを果たして初めて日本の原発の信頼が回復される。
(産経新聞論説委員 木村良一)