▶ 2011年9月号 目次
なでしこジャパンの快挙から視聴率を考える
山形良樹
女子サッカー・なでしこジャパンのW杯優勝の快挙は、記憶に新しいところだが、米国を破り世界一に輝いた7月18日のTV中継放送の視聴率は、ビデオリサーチによると、関東地区では、早朝にもかかわらずTBSの地上波で、21.8%と、きわめて高い数字を記録した。私はもう1つの視聴率に注目した。この時、NHKのBSも10.7%と、BSの視聴率調査を開始して以来初めて、10%台をマークしたのだ。零コンマ以下の数字が並ぶことの多いBSの視聴率の中で、まさに驚異的な数字だった。ビデオリサーチの関東地区の調査対象世帯のうち、BSを視聴できる世帯は約6割とされている。このハンデを考慮すると、地上波とBSの視聴率は拮抗したことになる。大雑把に言えば、BSを視聴できる世帯では、女子サッカーを見るため2人に1人が、BSにチャンネルを合わせたのだ。若い世代や、にわか女子サッカーファンの多くが、地上波を選んだのに対して、男性の50代から60代を中心に、もともとBSの視聴習慣のある人たちや、じっくり試合を見たい人たちが、BSを選んだのではないかと専門家は分析している。
では国民の何人がこの世紀の一戦を見たのだろうか。新聞記者なら「○千万人がテレビに釘付け」というように具体的に数字を入れたいところだが、残念ながら、ビデオリサーチの数字は、あくまで、どれくらいの世帯がテレビをつけていたのかを示す世帯視聴率なので、こうした言い方はできない。○千万人が見たと言えるのは、NHK放送文化研究所が毎年実施している全国個人視聴率調査の結果によるしかない。NHKの調査では、1%あたりの視聴者数が約118万人なので、ある番組が10%の視聴率を取ったとすると、約1,180万人が見たと推定できる。
個人視聴率を世帯視聴率で割って倍率を出し、この倍率が一定の数字なら、世帯視聴率にこの数字を掛けると、個人視聴率が割り出せることになる。この期間、最も世帯視聴率が高かったTBSの「キリン杯サッカー日本対チェコ」は、倍率0.587だった。この他の番組の倍率をみると、比較的倍率が近かったのは、日テレの「笑点」の0.558くらいで、あとは0.6台から0.9台と、ばらばらで、一定の法則はないことが分かる。「世帯視聴率」から「個人視聴率」は換算できないし、その反対もできないのだ。
ついでに、視聴率には必ず統計上の誤差があることを忘れてはならない。ビデオリサーチの世帯視聴率では、ある番組の視聴率が20%だとしたら、誤差は±3.3%だ。この表でいうと、「サザエさん」を見た人の割合は、16.7%から23.3%の間にあるということだ。つまり、トップの「キリン杯サッカー」や、下位にある「ためしてガッテン」は、「サザエさん」より視聴率が高いとか低いとか言えないことになる。視聴率は、「点」ではなく「幅」なのだ。1世帯に複数台のテレビが普及し、放送チャンネルも多様化する中で、かつてのようにぶっちぎりで視聴率が良い番組はほとんどなくなった。皆どんぐりの背比べだ。関係者が、誤差の範囲に入るような数%の視聴率の違いに一喜一憂するのは滑稽に映る。
ビデオリサーチは、今年の7月から、一定の条件の下、テレビチューナー付パソコンも調査の対象に加えた。これまで視聴率調査は、リアルタイムの放送を見ることを前提にしてきたが、録画機能付きテレビの普及で、録画して後から視聴する人も徐々に増えている。携帯のワンセグテレビやパソコンを使って屋外で見るなど、テレビ番組を見る状況も多様化する中で、視聴率の調査方法も変わっていくことになるだろう。
(元NHK記者 山形良樹 1973年卒)