▶ 2011年10月号 目次
復興財源論 ~増税の落とし穴~
陸井 叡
「松下幸之助さんなら『君、総理を辞めたまえ』とにらみつけながら言うのではないか」。9月16日の参議院本会議場で野田佳彦総理を痛烈に批判したのは江口克彦参議院(みんなの党)。野田総理は、松下政経塾で江口氏の教え子だった。「政治家の使命はいかに税を低く抑えるかにあるという松下さんの考えを理解しているなら、増税を簡単には口にできない」「(野田総理は)かって『官僚主義を排する』と語ったが、今は官僚の言いなり。松下さんは天上で泣いていると思う」と江口氏の厳しい批判は続いた。
野田政権は東日本大震災からの復興に必要な財源として復興債(国債)を発行することとし、今年度の第三次補正予算案に13兆円を盛り込んだ。ところがその償還のためとして11.2兆円を所得、法人、地方税など増税で賄う方針を示している(第三次補正予算案総額は復興以外も含め16.2兆円に達し税外収入5兆円をあてることにしている)
9月21日と28日、復興財源を議論する民主党税制調査会。「デフレと円高で沈滞する日本経済にとって増税は車のエンジンをとめるようなものだ」等とする強硬な批判が、出席した議員のほとんどから噴出した。
野田政権の増税方針についてマスメデイァはおおむね寛容だ。しかし増税が今の日本経済に与える影響についての分析や、財務省が喧伝する財政破綻論の検証をきちんと行うメデイアは少ない これでは「野田政権とそれを操るといわれる財務官僚のいいなりだ」というマスメデイァ批判もあながち的外れとは言えまい。
「日本もギリシャになる」という財政破綻説が、主として財務官僚から野田政権とマスメデイァに流れ込んでいる。実は、ギリシャと日本の国債とでは決定的に異なる点が幾つかある。その一つ、国債の信用度を判断する最も重要な基準、金利の現況を比較すると、最近発行の10年債でギリシャ国債は年20%程度、日本は1%前後だ。日本の国債の金利は最近の数年をみても1-2%程度で推移、信頼度は抜きん出て世界のトップレベルにある。
勿論、日本国債に対しても海外を中心に最近の10年でも執拗な売り(暴落)が仕掛けられた。最近でも8月24日、アメリカのムーデイーズ社が日本国債を「Aa2」から「Aa3」へと格下げした。だが日本国債の金利は微動だにしなかった。日本国債の金利はマーケットでトレーダーたちが日々行う売り買いによって決まる。彼らは日本国債のどこを見ているのか。
実は、最近の財政破綻論は、世界最大の日本の経常黒字を無視して、1000兆円余りの国債発行残高のみに根拠をおくきらいがある。これは例えば、企業の銀行借り入れ(国債残高)だけを見て他に所有する金融資産(経常黒字)を無視、会社は破綻の恐れがあるといっているに等しい。銀行借り入れで事業を拡大、利益を得て利払いに問題ない企業も多い日本は、最近まで20年余りも続く円高のなか、むしろそれをバネに海外進出した企業が外国にある資産から受け取る配当所得などをベースとする経常黒字の拡大が続いている(最近では貿易黒字を上回っている)。財務省のではなく、日本全体のバランスシートからみてトレーダーたちは日本のデフォルトの確率は極めて低いとみている。
さて、東日本大震災から半年余り。被災地の復興はほとんど進んでいない。被災自治体から「国は財源を持っているのに動かない」という声がもれる。こうしたなか野田政権の「まず増税ありき」には問題が多い。増税実現までには与野党協議等を含め時間をとられる。これ以上復興が遅れてもよいのか。更により決定的に問題なのは失われた15年とも20年とも、いわれるデフレ下での増税はいっそう消費者の財布の紐を固くし、企業を賃金と雇用、そして設備投資の抑制に向わせ日本経済の沈滞を更に長期化させてしまう。 そろそろ野田政権は財務省のくびきを断って、増税よりはるかに機動力がある財政出動によって東北復興に集中する時ではないか。空洞化した震災地の農業、漁業の建て直し、そして例えばエネルギーなどの新しい産業のスタートに先導的役割を果たし地域や民間企業の自助努力を強力にバックアップする時だ。
(ジャーナリスト陸井 叡)