▶ 2011年10月号 目次
韓国憲法裁判所の「違憲」決定を考える
畑山 康幸
9月24日、ニューヨークで玄葉光一郎外相と会談した韓国の金星煥外交通商相は、韓国・憲法裁判所が元「慰安婦」の対日損害賠償請求権問題を解決するために政府が具体的な努力をしないのは請求者たちの基本権を侵害するもので憲法違反である、と決定したことを説明し、元「慰安婦」らの個人請求権問題に日本が応ずるよう要求した。玄葉外相は、この問題は「日韓請求権協定で、完全かつ最終的に解決された」として、韓国側に応じない方針を伝えた(『朝日新聞』9月25日付)。
金外相が説明した憲法裁判所の決定とは、日本は元「慰安婦」の賠償請求権が日韓請求権協定によって消滅したとしているのに対し、韓国政府はこの協定でも解決していないという立場であるため、両国間にはこれに関する紛争が存在しており、韓国政府には協定第3条に定めた手続きによって紛争解決の義務があり、そうした措置を取らない(=不作為)のは元「慰安婦」らの基本権を侵害し違憲であるとの確認を求めていたのを8月30日に認容した(=違憲決定)ことを指している。
日本は韓国と、1965年に日韓基本条約で国交を正常化し、また請求権協定によって、韓国に対し、朝鮮に投資した資本および日本人の個別財産の全てを放棄するとともに、3億ドルの無償資金供与と2億ドルの貸し付けを行い、韓国は対日請求権を放棄することで合意したのであった。その際、協定第2条で「財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が・・・完全かつ最終的に解決された」ことを確認すると定め、第3条で「協定の解釈及び実施に関する両締約国の紛争は、まず、外交上の経路を通じて解決する」とし、解決できなかった紛争は仲裁委員会で協議することを決めた。
韓国・憲法裁判所は決定理由として、韓国憲法に照らして、また請求者たちの財産権および人間としての尊厳と価値という基本権の重大な侵害の可能性、救済の切迫性と可能性等をあげ、また被請求者にこうした作為義務を履行しない裁量があるとはいえず、現在まで被請求者が紛争解決手続きを履行したとみることができないので、被請求者のこうした不作為は憲法に違反するとした。違憲6、却下3の決定であった。
その後、民主化の進展もあり、韓国では元「慰安婦」らが積極的に被害の救済を求めるようになった。しかし1991年には日本政府の謝罪と補償を求めて東京地裁に提訴したがすべて棄却、その後の東京高裁、最高裁判決でもすべて棄却されている。
1990年代には光州事件、朝鮮戦争時の民間人殺害事件、済州島4・3事件など過去の歴史的事件をめぐる被害者を救済する関連法が制定された。盧武鉉政権では範囲をさらに拡大した「日帝強占下強制動員被害者真相糾明等に関する特別法」などが整備された。
こうした流れのなかで2005年8月には「韓日会談文書公開官民共同委員会」で請求権の範囲について「軍慰安婦など日本の国家権力が関与した反人道的不法行為の問題は解決されたとみることはできない」と一方的に決められた。
このため、元「慰安婦」らは2006年に、日本と韓国には「慰安婦」の賠償請求権をめぐって紛争が存在しており、韓国政府が紛争解決の努力をしなかったために「基本権が侵害された」と憲法裁判所に審判請求をしていたのである。
『朝鮮日報』(8月31日付)は社説で、「慰安婦」らが「日本政府から損害賠償を受けられるように外交的・国際法的努力を新たに始めなければならない」と主張した。また延世大学法学専門大学院教授のホン・ソンピル氏は同紙(9月14日付)に、憲法裁判所の決定は「慰安婦」への賠償が韓国政府の「法的義務」であり「日本政府が協議を引き延ばしたり、立場を変えない場合には、迅速に仲裁の方法をとらねばならない」と寄稿した。これらの主張は日本の立場を無視した一面的なものである。
日本と韓国はさまざまな局面で対立や摩擦、見解や解釈の相違などを繰り返してきた。韓国・憲法裁判所の決定は日韓基本条約や請求権協定を結んだ際の大原則に立ち戻って問題の本質を考えることの必要性を改めて示している。
(畑山 康幸 朝鮮文化評論家)