▶ 2012年1月号 目次

塩野さんの日本への怒り

元朝日新聞 七尾隆太


 大著『ローマ人の物語』を著したイタリア在住の作家、塩野七生さんが、福島第一原子力発電所の事故後に起きた「風評被害」に怒っている(文芸春秋11年12月号「日本人へ」)。
 「1年ぶりに帰国した日本で、日本人の残酷さに直面して愕然(がくぜん)としている」「何という卑劣な残酷さ。『がんばろう日本』なんて言っていたのは、どこに行ってしまったのか」――。普段に増して語気が荒い。
 塩野さんは5つの事例に言及している。例えば、京都・五山送り火を巡っての一騒動。津波でなぎ倒された岩手県陸前高田市の名勝の松で作った薪を送り火で燃やす計画だったのが中止になった。また、愛知県日進市の花火大会で打ち上げることになっていた福島県で製造された花火は上がらなかった。福島県産というだけで拒まれる農産物、食品の例も挙げている。
 塩野さんでなくとも「単なる思いこみだけで日本人が同じ日本人に対して拒絶反応を起こしているのだから、卑劣な振る舞いと言うしかない」。しかも、事故発生から9カ月余りになるというのに、風評被害は収束するどころか、広がる気配を見せている。
 風評被害と原子力事故について研究して来た関谷直也・東洋大社会学部准教授は、『風評被害』(光文社新書)の中で、「ある社会問題が報道されることによって、本来『安全』とされるものを人々が危険視し、消費、観光、取引をやめることなどによって引き起こされる経済的被害」と定義づけている。そして、風評被害を生む要因としてマスメディア、特にテレビ番組の影響が極めて大きい、としている。あいまいな安全の目安、不十分な情報公開など当局への不信感も大きい。
 こうした風評被害に立ち向かう方向性について、関谷准教授は「風評被害のメカニズムを知る。周囲の感情に流されず智者となる」ことが肝心といい、「『安全』な食品や商品を買わないのは、製造・出荷している人へのいわれなき差別であることを肝に銘じる」と述べている。
 福島県の佐藤雄平知事がホームページで訴えている。「農林水産物は検査体制の確立によって規制値を超えるものは流通しないようにしている。流通しているものは安心して召し上がっていただける」と。このメッセージに耳を傾けたい。
 七尾 隆太(元朝日新聞編集委員 1966年卒)