▶ 2012年5月号 目次
もう一つの地殻変動(1)~名古屋と大阪の違い~
橋本 大二郎(前高知県知事 早稲田大学大学院客員教授)
東日本大震災という大きな地殻変動に見舞われた昨年、名古屋と大阪で、もう一つの地殻変動が起きた。「減税日本」と「大阪維新の会」という、地域政党の躍進だ。
このもう一つの地殻変動を引き起こした、エネルギーは何だっただろうか。既成政党の弱体化も、確かにその背景の一つだが、今さらそれが主だった理由だとは思えない。5回にわたる知事選挙を、全て無党派で戦った自分の経験から見ても、20年余り前の初めての知事選挙の頃から、既成の政党の力は衰えていた。それが、国政でかろうじて面目を保っているのは、新しい政治勢力が極めて顔を出しにくい、小選挙区という選挙制度に守られているからだ。
それでは、もう一つの地殻変動の、一番のエネルギーは何だったのか。それは、市議会や市役所の仕事ぶりに対する、市民の怒りと不満がたまったマグマだったろう。一例として、大阪市政の歴史をたどってみると、昭和26年に、戦前に助役をしていた人が市長になって以来、なんと6代続けて、助役や副市長を務めた人が、下からそのまま持ち上がって市長になっている。このため、市長から労働組合までが一体と化した市役所が、半世紀以上にわたって、身内に都合のいいお手盛りの市政を繰り返してきた。
この結果、大阪市は、全国の政令指定都市の中でも、最も財政状況の厳しい自治体にもかかわらず、最近話題になった市バスの運転手の年収をはじめ、市民感覚に照らして、高すぎる給与や福利厚生の制度が維持されてきた。これでは大阪は沈没してしまうという市民の怒りと不満のマグマが、橋下徹市長を誕生させたと言っていい。
このように、怒りのマグマが地域政党を躍進させた点では、名古屋も大阪も同じだが、そこで起きた地殻変動が、他の地域に、中でも中央に伝わっていくかどうかで、名古屋と大阪の地殻変動には大きな違いがある。その理由は二つある。
一つは、公約として掲げた政策の賞味期限の長さの違いだ。名古屋の地域政党「減税日本」が掲げた政策は、市民税の減税だから、名古屋市の独自の判断ですぐにも実行に移せるし、実際に、今年度から5%の減税をする条例がすでに成立している。
つまり、名古屋の市民は、減税という政策が美味しいのか、それとも思ったほど美味しくはないのか、その結果をすぐにも味わえるわけで、極めて賞味期限の短い政策だ。
一方、「大阪維新の会」が掲げる大阪都構想の実現には、法律改正などの手続きが必要なので、すぐには結論の出ない賞味期限の長い政策だ。だからこの間は、何かと時間を稼ぐことが出来るし、そもそも市民が求めているのは、大阪都構想より先に市役所の立て直しなので、橋下さんとしては、しばらくは、市役所の職員や教育委員会の仕事ぶりを、やり玉に挙げていればいい。
名古屋と大阪のもう一つの違いは、掲げた政策と中央の政党との関わりだ。この点で、名古屋の掲げる市民税の減税は、名古屋市が独自に実施することが出来るので、中央の政党は、やりたければどうぞご勝手にと、知らぬ顔を決め込める。
しかし、大阪都構想の実現には、地方自治法の改正なり、新たな特別立法の制定なりが必要なため、それに対する考え方を示すという形で、中央の政党が巻き込まれざるを得なくなる。その時、政権政党の民主党が、大阪都構想に後ろ向きなことでも言えば、橋下さんとしてはしめたものだろう。「地域主権を掲げていた政党が、大阪都構想に消極的だなんてちゃんちゃらおかしい」と、例の調子で吠えたてれば、拍手喝采をもらえるからだ。
このように、名古屋と大阪で起きたもう一つの地殻変動は、その後の広がりの可能性に大きな違いがあるが、自分は大阪の動きに大きな期待を抱いている。というのも、私には橋下徹さんという人が、行きづまった日本の国の形を変えるために、神様に送り込まれた異星人にも見えるからだ。
といって、誤解のないようにお断りをしておけば、私は、橋下さんが好きなわけではないし、考え方が一致するわけでもない。それでも、民主主義というシステムの中で、国の形を変えていくには、あのようなキャラクターが、必要不可欠だと思うのだ。
橋本 大二郎(前高知県知事 早稲田大学大学院客員教授)