▶ 2012年6月号 目次
中高年登山ほど低体温症に気を付けたい ~北アルプスの連続遭難~
木村良一(産経新聞論説委員)
今年も夏山シーズンが幕を開ける。昨年の夏は北アルプスの裏銀座縦走に挑戦したものの、悪天候に阻まれ途中で下山せざるを得なかった。それだけに「今年の夏こそは」と夏山シーズンを心待ちにしている。
ところで今年のゴールデンウイークは北アルプスで遭難事故が相次ぎ、計10人もの登山者が命を落とした。なかでも白馬岳(長野)で、吹雪に遭って死亡した男性6人の遭難は、「中高年登山」の問題を考えさせられる事故だった。彼らはどうして遭難したのだろうか。私なりに考察した。
まず私の登山歴を簡単に紹介しよう。登山を始めたのは2年前からだ。東京・奥多摩の鷹ノ巣山や川苔山、御岳山など1000㍍から2000㍍級の山を週末に登ることからスタートした。昨年9月の連休には、妻と2人で北アルプスの涸沢まで登って涸沢小屋に泊まり、穂高連峰が赤く染まるモルゲンロート(朝焼け)を楽しんだ。その一カ月前には親しい登山家のガイドで、北アルプス3大急登のひとつの烏帽子岳を登り切り、野口五郎岳、三俣蓮華岳、槍ケ岳の頂上を踏む4泊5日の裏銀座縦走にでかけた。しかし前述したように烏帽子岳小屋に宿泊した翌朝に大雨に遭って引き返した。
まだ初心者の域を出ない登山歴だが、仕事では女性としてエベレスト登頂に世界で初めて成功した田部井淳子さんや、凍傷で手足の指を失いながらもヒマラヤの高峰を登ってきた山野井泰史さんら登山家に会っては取材を続けている。
話を白馬岳の遭難に戻そう。遭難死した6人は、63歳から78歳までの年配者のグループだった。死因は6人全員が「低体温症」による凍死だった。
低体温症は体の熱が奪われて起こる。通常、人の体幹部体温(直腸温)は37度ちょっとだが、それが35度になると、体に震えが起きて思考能力が低下する。30度から28度で呼吸と脈拍が弱くなり、意識を失う。体温が下がる過程で眠気や筋肉の硬直といった症状が出る。
「低温」「濡れ」「風」が低体温症の3大原因といわれ、これらに「疲労」が重なると悪化する。低山でも夏山でも低体温症は起きる。ちなみに新田次郎の小説『八甲田山死の彷徨』の題材となった1902(明治35)年の陸軍雪中行軍の199人の遭難も死因は低体温症だった。
白馬岳の6人の遺体は、全員が下着とシャツの上にアウターシェルという軽装で発見された。当初は「冬山と変わらないこの時期の北アルプスに軽装で入るのは自殺行為」との批判も出た。だが、後に回収された彼らのザックの中から防寒用のダウンウエアや手袋、ビバーク用のツェルト(簡易テント)などが見つかった。なぜ、6人はこうした防寒着を取り出して身に付けなかったのか。
長野県警によると、6人が遭難したとみられる5月4日の午前中の白馬岳周辺は晴れて汗ばむほどだった。しかし、強い寒気を伴った気圧の谷が上空を通過し、午後から天候が急変した。小雨から雪に変わり、風も強まった。猛烈な吹雪となった。北アルプスは春でも吹雪になると氷点下10度から15度にもなる。6人は吹きさらしの尾根で体全体が凍り付いたような状態で発見された。
一般的に登山中は体が温まり、汗をかくため、重ね着したウエアを脱いだり、着たりして調整する。軽装で行動していたところに天候が急に悪化し、6人は低体温症に襲われ、防寒着を身に付けるタイミングを失ったのかもしれない。
6人の中にはアフリカの最高峰キリマンジャロなど海外登山を経験したベテランもいた。しかも4人が医師だった。低体温症に対する知識はあったはずだ。それなのに遭難死した。疲労が増すと、思考能力が落ちる。年齢が高齢だと体温調整の能力が鈍く、本人が気付かないうちに低体温症は進む。6人は早い時点で低体温症に罹患していたのだろう。
中高年の登山者は寒いと感じたら早めに防寒着を身に付ける必要がある。自分の体力を過信せずに余裕ある計画を立て、ときには引き返すことも検討すべきだ。
5月19日には73歳になる登山家の渡辺玉枝さんがエベレストの登頂に成功し、自身の女性最高齢登頂記録を更新した。彼女は10年前にも登頂を成し遂げている。相当な経験と訓練を積んでいるのだ。
日本生産性本部のレジャー白書によると、日本の登山人口は1000万人を超える。登山人口の増加にともない遭難事故も増えている。警察庁の統計では遭難者の5割近くを60歳以上が占める。中高年ほど体力と知識を身に付け、山を楽しみたい。今年10月で56歳になる自分自身にも、そう言い聞かせている。
木村良一(産経新聞論説委員)