▶ 2012年8月号 目次
情報公開で子供の脳死移植増やしたい
木村 良一(産経新聞論説委員)
「本日、息子は私たちのもとから遠くへ飛び立っていきました。このことは私たちにとって大変悲しいことではありますが、大きな希望を残してくれました。息子が誰かの体の一部となって、長く生きてくれるのではないかと。そして、このようなことを成し遂げる息子を誇りに思っています」
今年6月中旬に実施された、6歳未満の子供をドナー(臓器提供者)にした国内初の脳死移植で、その子供の両親が心の内を明かしたコメントだ。全文ではないが、厚生労働省と日本臓器移植ネットワークの記者会見で公表されたものを書き出してみた。
体の機能が元に戻ることはない脳死とはいえ、人工呼吸器で呼吸を続け、心臓が拍動するわが子の小さな体。そこにメスを入れ、心臓や肝臓、腎臓を取り出すことへの両親の思いは複雑だろう。コメントからはそんな思いの中で下した決断の重さがうかがえる。そして息子の死という計り知れない悲嘆も、臓器が他の子供の体で生き続けることで和らぐという温かい思いも伝わってくる。今回の臓器提供は自分の体に合う小さな臓器を待つ子供たちへの朗報となり、日本の移植医療が大きく発展するためのバネとなる。
肝臓の移植を受けた少女の両親からは「病状が悪化し、娘に残された時間はもうないと思っていた。臓器を提供したドナー家族の気持ちが、苦しんでいる子供の命を救うことにつながるのだと分かった。感謝以外のなにものでもない」という趣旨のコメントが届いた。使い古された表現かもしれないが、まさに命のリレーである。
ところで今回の6歳未満の子供からの臓器提供には、情報の公開不足という大きな問題が残る。
厚労省と移植ネットは6月14日午後7時から厚労省記者クラブで記者会見した。しかし両親へのプライバシーを理由に公開された情報は「6歳未満」「男児」「低酸素性脳症」ぐらいで、具体的な子供の年齢も明らかにされなかった。たとえば手元の「医学大事典」(南山堂発行)を読むと、低酸素性脳症とは低酸素状態によって引き起こされる中枢神経障害で、重篤なケースでは昏睡に痙攣が加わり、呼吸麻痺をきたして死亡することも少なくない、とある。この低酸素性脳症から脳死に至ったのだろうが、低酸素性脳症だけでは事故死なのか、それとも病死なのかが全く分からない。ドナーとなった男児がどういう経過をたどって脳死となり、それを両親がどう感じて臓器提供という決断をしたかが読み取れない。
私たちが同じような状況に置かれたとき、いかに考えてどう行動するのだろうか。万が一のときには子供の臓器を提供してもいいと考えている人にも、提供はしないと決めている人にも、厚労省や移植ネットの公表内容では、それを考えるための材料が足りなすぎる。せめて年齢が特定されれば「自分の子供と同じ年だ」と考え、子供の臓器提供への理解も進むはずだ。昨年4月に実施された15歳未満の少年がドナーとなった脳死移植でも同じことがいえる。これでは「不透明」との批判を受けても仕方がない。
もちろん、ドナー本人や両親、家族のプライバシーは守らなければならない。しかし、情報量をことさら抑えた結果、不信感を持たれるようでは本末転倒である。今回の男児の両親は進んで情報を公開しようとしたが、厚労省の方針でそれが十分にできなかったとも聞いた。プライバシーを保護しながらきちんと情報を公開できれば、間違いなく次の子供の移植につながっていくはずだ。
1997(平成9)年10月に施行された臓器移植法は、脳死下でドナーになるにはその人の生前の意思確認が必要だった。この確認が妨げになり、脳死移植は進まなかった。一部の患者は海外での移植に頼ったが、世界的にもドナー不足が深刻化し、国際移植学会とWHO(世界保健機関)は「移植臓器の自給自足」を求めた。こうした事情から移植法が改正され、一昨年7月から家族の同意だけで臓器が提供できるようになった。これにともなって本人の意思確認が難しい15歳未満の子供からの臓器提供にも道が開いた。ただし6歳未満の場合は、脳死判定で2回の検査の間隔を24時間以上(6歳以上は6時間以上)空けるなど脳判定基準が厳格で、虐待の有無も確認しなければならない。そして前述したように両親には大きな負担がかかる。その結果、子供のドナーはこの2年間に今回の男児と昨年4月の15歳未満の少年の2人に過ぎない。しかし諦めてはならない。
移植ネットによれば、今年7月2日時点での10歳未満の子供の待機患者は心臓が9人、肺が4人、肝臓が5人、腎臓が17人となっている。こうした子供の待機患者を救うには情報公開が必要だ。
木村 良一(産経新聞論説委員)