▶ 2012年8月号 目次
事故調報告を原子力利用に役立てたい
木村良一(産経新聞論説委員)
東京電力福島第1原子力発電所の事故に関する政府の事故調査・検証委員会(政府事故調)の最終報告書が7月23日に公表された。これで「国会」「民間」「東電」と計4つの事故調の報告書が出そろったことになる。今後、原子力エネルギーを安全に使っていくためには、それぞれの事故調の検証結果から教訓を学び取り、原発事故の再発防止に努めなければならない。
事故は原子炉の冷却に失敗、水素爆発で放射性物質(放射能)が漏れ出し、メルトダウン(炉心溶融)も起きるなど4基の原発の事故が同時に進行した。こうした事態は過去に例がなく、それだけに世界が日本の事故調査を注目してきた。日本は得た教訓を国際社会に発信し、国際的に役立たせる義務がある。
昨年5月号の同欄では「原子力エネルギーを諦めるな」という見出しを付け、「原発は事故で放射能漏れを引き起こすと、その被害は甚大なものになる。この原発事故を未然に防ぐにはどうしたらいいのだろうか。人類はこれまで米国のスリーマイル島事故(1979年)、チェルノブイリ原発事故(1986年)、そして福島第1原発事故(2011年)…と3度大事故を経験した。これらの事故を十分に検証し直し、その結果を各国が安全対策に結び付けていくことが原発を使い続けるうえで何よりも重要だ」と書いた。今回はこのことをさらに強調したい。
原発のウラン燃料は数年間、交換する必要はなく、使用済み燃料を再処理して使うこともできる。石油や石炭、天然ガスなどの化石エネルギーに比べ、供給が安定している。そのうえ二酸化炭素を排出せず、地球の温暖化を防げる。エネルギー資源に乏しい日本にとってこれほど重宝するエネルギーはない。
ここ毎週金曜日の夕方、首相官邸と国会議事堂の前が数万人のデモで埋め尽くされるなど反原発運動が異様な高まりを見せているが、こうした原子力エネルギーの利点をデモの参加者らはどう考えているのだろうか。
ところで政府事故調の最終報告は、津波などに対する事前の事故防止策・防災対策の不備などさまざまな問題点が存在したことを明らかにして事故原因を「複合」というキーワードでまとめ上げた。
これは国会の事故調査委員会(国会事故調)が最終報告書(7月5日公表)の中で政府、規制当局、東電の3者により引き起こされた「人災」と分かりやすく断定したのに比べ、曖昧だ。
ただ政府事故調は個人の責任追及より、システムの問題に力点を置いた検証を目指し、昨年12月26日には中間報告を公表して首相官邸の機能不全など政府の情報収集とその伝達、発信に問題があったことをいち早く指摘した。その後、菅直人前首相らから事情を聴き、最終報告では「首相の介入は現場を混乱させるとともに重要判断の機会を失い、判断を誤る結果を生む」と結論付けた。
しかし、もっと具体的に首相の責任に言及してほしかった。国は新たに調査委員会を設けて引き続き、最高権力を持つ首相の一連の判断や行為が事故の拡大にどう関係したかを解明し、その責任を追及していかなければならない。
菅氏が東電作業員の避難を現場放棄とみなし、東電本社に乗り込んで激怒した問題では、国会事故調が「東電が全員撤退を決定した形跡はない」と東電側の主張に沿った見解を最終報告書で示し、全面撤退を阻止したとする菅氏の言い分を否定している。政府事故調もこうした歯切れの良さを見習うべきだ。
民間の立場で調査した独立検証委員会(民間事故調)の最終報告(2月27日公表)も菅氏ら官邸中枢の対応を「稚拙で泥縄的」と批判、意思決定や情報収集における「トップダウン型」の特異な行動が「不信と介入のスパイラル(悪循環)」を招いたと指摘した。東電の社内事故調による最終報告書(6月20日公表)は、客観性に乏しく、抜本的な施設の見直しや建設的提言がなかった。
「政府」「国会」「民間」「東電」の4つの報告書にはそれぞれの特徴がある。
憲政史上初という国会事故調には国政調査権という強い権限が与えられ、関係者の事情聴取はインターネットで公開され、英語の同時通訳も行われた。民間事故調の調査にはスピード感があり、その報告書には分かりやすさが際だった。政府事故調には、証拠主義に基づいて警察や検察の捜査関係者らが調査しただけに高いデータ処理能力と分析力が認められる。
原発を存続させるためには、地震と津波などの災害、テロ、航空機の墜落…といった危機に対し、万全に備えることが何よりも重要だ。そのためにも政府、電力会社、原発関係者らは各報告書を精読し、そこから教訓をくみ取ってもらいたい。
木村良一(産経新聞論説委員)