▶ 2012年9月号 目次
私のテレビドラマ論④タイムリーなキャスティング
浅野加寿子 NHK放送博物館前館長
NHK放送博物館館長を退任し一か月半。大好きな夏の到来に思いきり、優雅な夏休みを取ろうと蓼科と東京の往復の日々が続く。8月のはじめ携帯が鳴った。いつもはたいてい気づかずに留守電を後で聞いて対応するのだが、その時は偶然スマホのそばにいた。「もしもし?」と言うと聞き覚えのある声。女優のAさんからだった。80歳を超えてまだ現役で御活躍中の彼女が今一番気になっているのが孫の居場所であり、所属するプロダクションを見つけたいという相談だった。なぜ私に?と思いつつ私は明らかに張り切っていた。でも制作現場から遠ざかって6年もたっているし、ふさわしい居場所をご紹介できるのだろうかと心配もあるがとりあえず旧知のマネージャーたちに連絡を取ることにした。多くはまだ隠れている本人の才能と輝き、それを見抜く力があるか、そして育てていけるか、プロダクションに多くがゆだねられるし、本人との相性の問題もある。難しいことを頼まれたとは思うが、うまく見つけてあげるお手伝いができればと思う昨今である。
ドラマ作りに一番大切なのはもちろんよい脚本作りなのだが、次には何があげられるのだろう。私はキャスティングを挙げたい。タイムリーで新鮮な配役次第でその作品の話題性も高まると思う。その実現にはプロデューサーの時代を見る目が必要とされるだろう。一つの役が当たったからと言ってその延長線で
出演交渉してもなかなか実現しない。私は常に逆転の発想でキャスティングしてきた。
たとえば時代劇俳優として定評のあった里見浩太朗さんにドラマ新銀河「魚河岸のプリンセス」で魚河岸の仲買人の役をお願いした。対談番組でスーツ姿の里見さんを見てこの方の現代劇を見てみたいとの発想だった。この意外なお願いにすぐにOKをいただいた。実は俳優になる前、里見さんは、親戚のいる魚河岸で少し働いていたこともあり、現代劇へのチャレンジは本人もちょうどやってみたいと思っていたところだったようだ。
またドラマ新銀河「これでいいのだ」で赤塚不二夫のかあちゃん役を佐久間良子さんに出演交渉。白い割烹着を着て、リヤカーを引くシーンもありそれまでのお姫様スターの佐久間さんと真反対のイメージを狙ったのだが、佐久間さんはその庶民的な役に興味を示してくださった。「赤ちゃんが来た!」では主人公(沢口靖子)の両親役を東宝映画「若大将シリーズ」のコンビ加山雄三と星由里子にお願いし話題にもなった。「トーキョー国盗り物語」では沢口靖子、荻野目洋子、清水美砂(現 美沙)という連続テレビ小説の歴代ヒロインの揃い踏みにしたり、「企業病棟」では白衣の看護師役に日焼けが似合う後藤久美子、その相手役の産業医に郷ひろみをというように思いつきイメージがうまくいき
話題性も豊富であった。連続テレビ小説「あぐり」では若手狂言師野村萬斎がヒロインの夫エイスケを好演し、これで原作者の吉行あぐりさんがご自分の夫「吉行エイスケ」を見直し(エイスケさんて素敵だったのね!、、、と)、再婚し辻姓であったのを放送終了後、吉行の戸籍に戻されたほどだった。
またエイスケの子供淳之介役を山田純大、その友人役に関口知宏、池内万作を起用。それぞれ杉良太郎、関口宏、伊丹十三のご子息だったので21光(7光×3人)と取り上げられたこともあった。3人の新人はそれぞれの役をとても新鮮に演じてくれた。大河ドラマ「利家とまつ~加賀百万石物語~」では、唐沢寿明、反町隆史、竹野内豊、山口祐一郎、及川光博、伊藤英明などイケメン俳優をそろえた。
大河ドラマは、出演者がある意味で固定していたのと、女性たちからみて、素敵な俳優を揃えることで新しい視聴者層を獲得したいと思ったからであった。これは決して若者に媚びたのではない。案の定今まで大河をご覧にならなかった3,40代の女性層が視聴してくださり大河の視聴者層を広げた。その後の大河ではジャニーズ事務所の人気スターや、福山雅治などのいわゆる旬なイケメン俳優が主役に起用されるようになり、「利家とまつ」の系譜は引き
継がれているように思う。今「梅ちゃん先生」でヒロインの父親を演じている高橋克実は、「トーキョー国盗り物語」でヒロインに振られる青年役でNHKドラマデビュー、その後「魚河岸のプリンセス」にも出演していただいた。
キャスティングはとても面白くまた時流をうまく読めればドラマのヒットにもつながる。
(文中敬称略)
浅野加寿子 NHK放送博物館前館長(2012年6月退任)