▶ 2012年10月号 目次

山本美香さんの「死」が教えてくれるもの

木村良一(産経新聞論説委員)


少しばかり格好つけた言い方をすると、ジャパンプレスの山本美香さんの「死」が、ジャーナリスト魂を呼び覚ましてくれる。
 山本さんは8月20日に内戦状態のシリアで取材中に銃撃されて亡くなった。まだ45歳だった。彼女が最後に撮ったビデオカメラには、アレッポ(シリア北部の町)の、赤ちゃんを連れた家族や白いスカーフを付けた女性たちが映っていた。撮影しながら「ハロー、ハロー」と声をかけ、「兵士がやみくもに撃っている」と話す緊張した声も録音されていた。
 生前、山本さんは「戦火で苦しむ市民の姿、外には届かない声を伝えたい」「生命の危険にさらされながらも笑ったり、生き延びようとしたりする姿をとらえたい」と語っていたという。
 常に弱者の側に立とうとする山本さんの姿勢には、同じジャーナリストとして頭が下がる。英BBC放送は異例の長さで彼女の死を伝え、米国務省の報道官も哀悼の意を述べた。心から山本さんの冥福を祈りたい。
 私の先輩記者の女性編集委員も、8月29日付の産経新聞で山本さんのことをコラムに書いている。
 「あなたが無言で帰ってきた先週の土曜日、私はご自宅にあなたに会いに行きました。1階の客間であなたはまぶたを静かに閉じていたけど、その瞳はいまも何かを凝視しているようでした。不条理への激しい闘志を私は感じた。意識を失うその瞬間までビデオを回し続けたあなたは、戦ってきた顔で眠っていました」
 「『ジャーナリズムで戦争が止められるか』と問われ、きっぱりと「止められます」と答えていた美香ちゃん。これから、伝えたいことがたくさんあったのだと思う」
 このコラムを読んで涙が止まらなかった。自分は山本さんに会ったこともないし、取材したこともない。だが、山本さんを知れば知るほど、ジャーナリストはどうあるべきかを考えさせられる。
 山本さんの死をきっかけにそんなことを思いながら、最近、1冊の本を自宅の本棚の奥から取り出した。タイトルは『虫に書く』(潮出版)。発行が1972(昭和47)年11月とあるからいまから40年も前に印刷された本で、表紙や中のページが茶色く色あせてきている。