▶ 2013年1月号 目次
2013年は東アジア外交回復の年—安倍外交の行方をみる—
山本信人
ナショナリズムと軍事主義。2012年の東アジアはこの二つの言葉で象徴できる。あたかも東アジアの地域的な平和と安定が脅かされるかのごとくに映る。
ところが、実態として地域は安定化の方向へ向いているようである。2012年は、東アジア諸国で政治的な転換が同時並行的に発生した。東アジア国際関係に間接的に影響をあたえる国を含めると、以下のようになる。まず11年12月北朝鮮では、金正日の死去を受けて金正恩権力を継承した。2012年1月、台湾での総統選挙で現職の馬英九が再選。3月、ロシア大統領選挙では元職ウラジミール・プーチンが返り咲き。11月、米国で現職のバラク・オバマ大統領が再選。同月、中国全国共産党大会で、習近平を次期国家主席として選出。12月26日、衆議院選挙で圧勝し与党に返り咲いた自民党総裁の安倍晋三が総理大臣に就任。2013年2月25日、12年12月の大統領選挙を数パーセントの差で制した与党セヌリ党の朴槿恵が、同国史上初めての女性大統領として就任予定。13年3月中国では習近平への権力移譲が開始する。
新政権の誕生や選挙後の権力継承は、外交的には好機となる。東アジアでも、現実主義的に12年後半から対外政策を慎重かつ大胆に推進してきた国がある。それは北朝鮮である。12年12月に実施したミサイル発射実験に隠れて忘れられがちであるが、10月以降の北朝鮮の対日外交攻勢には目を見張るものがある。これは9月に自民党総裁選挙で安倍が選出されたことを受けた戦略的な対応である。北朝鮮側からの申し出により、11月モンゴル・ウランバートル、12月中国・北京で、日朝間の局長級協議がもたれた。日本が懸案とする拉致問題についても、北朝鮮は従来の態度から一変し肯定的な対応を示唆した。13年7月にある参議院選挙へ向けて、経済など国内的に政策的成果は期待できないために、安倍政権は北朝鮮関係の急進展をもたらすこと(=拉致問題の前進)で国民に「成果」を訴えるという選択肢が浮上したのである。それと引き替えに凍結されている人道的および経済支援が再開されれば、北朝鮮にとっても得点は大きい。皮肉にも、北朝鮮の外交的「支援」によって、安倍政権は外交面から国民の支持を拡大できる可能性が秘められているのである。
こうした「互恵関係」は北朝鮮のみに留まるわけではない。対韓国、対中国、対ロシア然りである。東アジアの国際関係の安定への肯定は、この「互恵関係」の相互活用にかかっている。事実、安倍政権は組閣以前から対外関係を考慮する発言が目立つようになった(2月22日「竹島の日」の政府主催見送り決定など)が、それは裏を返せば政権自体が捻れた対外関係を好転させる好機であることを認識していることを意味している。また、12年12月のフィリピン外相から送られてきたシグナル(日本の軍事強国化容認)は、字義通りに日本の軍事力強化ではなく、対中関係に苦慮するフィリピンの戦略的な対日期待の表れであり、安倍政権にしてみると日米同盟の強化の論理と直結できる。
要するに、2013年は東アジア外交「回復」の年となる。それは、各国の外交担当者にとっては「苦慮」の連続となる。「苦慮」といっても外交関係が停滞するからではなく、むしろ外交関係がリセットされる環境にあるからこそ「苦慮」するのである。ポイントは、「互恵関係」の契機をいかに関係国が相互に活用するかである。
東アジアの国際関係を考えるうえで、よい意味でも悪い意味でも変化の中核に位置するのは中国である。しかし、これは中国の台頭や覇権主義的な言動が周辺関係諸国との外交関係を劣化させるという意味ではない。むしろ実体としては、中国の言動が周辺国との外交関係を阻害する要因となる面は否定できないものの、それが周辺国の対中戦略や態度の変化を引き起こし、かえってそうした対中戦略や態度の変化が中国の対外姿勢や戦略にも影響をあたえるという関係性が作用している。このように考えてみると、中国の抱える二つの対外関係上の課題、すなわち貿易の自由化の促進と安全保障の確保は、東アジア関係諸国の外交にとっても避けて通れぬ課題である。しかし、それは対中バランスを考える外交の模索を意味しない。むしろ日本をはじめ、東アジア諸国だけではなく、戦略関係にある(ハズの)米印豪日などは、いまこそ対中戦略を対中互恵に変えるべく、地域的発想のもとで「互恵関係」の展開を練り、実行に移すときなのである。
慶應義塾大学法学部教授 山本信人