▶ 2013年1月号 目次

安倍新内閣 憲法改正論議の活性化に期待

今井大介


 「今回の衆院選の結果は、有権者がこの3年間の民主党政権の混乱に終止符を打つ意思を示したものだ。緊張感を持って結果を出していきたい」
 自民党の安倍晋三総裁は衆院選投開票日の昨年12月16日夜、NHKのインタビューで、自民党圧勝の理由が、必ずしも同党に寄せられた強い期待だけではないことを示唆した。この日は、安倍氏が約5年ぶりに首相に再登板することが確定した日でもあったが、同氏は落ち着いてマスコミの取材に応じているように見えた。
 安倍氏は平成19年、国会の代表質問当日、唐突に首相を辞任する意向を表明した印象があったことから、当時、政界関係者の間からは「安倍氏は今後10年間は『永田町』の表舞台に立つことはできないのではないか」との厳しい見方もでていた。
 それだけに安倍氏が首相に返り咲いたことは感慨深いが、安倍氏は自民党圧勝のムードに流されることなく「危機突破内閣」を実現するために着々と準備を進めた。
 昨年12月26日に発足した新内閣(第2次安倍内閣)は、副総理兼財務相に首相経験者の麻生太郎氏、また法相には、前自民党総裁で財務相はじめ経験豊富な谷垣禎一氏を起用するなど、すぐに結果を出せる態勢を敷いた。
 安倍氏は23日のフジテレビの「新報道2001」で、平成19年の自らの首相辞任時を振り返り「政治家として地獄を見た。この経験を生かし、(新内閣では)目標を明確にして、皆のやる気を出すようにリーダーシップを発揮していきたい」と語った。
   平成18年から1年間の第1次安倍内閣は、平成17年の衆院選いわゆる「郵政選挙」で、自民党が大勝したことを背景に、憲法改正に必要な国民投票の具体的な手続きを定めた国民投票法を成立させた。また、安倍氏が当時の「安倍内閣メールマガジン」の中で自負したように、教育の憲法というべき教育基本法を59年ぶりに改正した。このほか防衛庁を省へ移行させる法律も成立させた。
 だが、第1次安倍内閣は安倍氏本人の問題というよりも久間章生防衛相が原爆をめぐる失言で辞任したほか、閣僚の事務所費問題の発覚などで失速、平成19年の参院選で自民党は大敗、安倍氏は1年で首相辞任を余儀なくされた。
 第1次安倍内閣が崩壊する過程では同内閣を支えた自民、公明両党が衆参両院で過半数を維持する中で、政府与党の油断やおごりが閣僚の失言の一因となり、平成19年の参院選の敗北、安倍氏の首相辞任につながった。