▶ 2013年1月号 目次
笹子トンネル事故は「人災」だ
木村良一
1枚の重さがゾウ2頭分で、大きさは3畳半ほど。こんなコンクリート製の天井板や隔壁計約270枚が、130メートルに渡って落ち、9人の命を奪った。昨年12月2日の朝、山梨県の中央自動車道笹子トンネル(上り線)で起きた事故だ。
なぜ、こんな悲惨な事故が起きたのだろうか。それを探るための手掛かりは2つある。
ひとつは山梨県警が中日本高速道路会社の安全管理体制に問題があるとみて業務上過失致死容疑で捜査を始めたように同社の点検方法にある。笹子トンネルはつり下げた天井板で内部を上下に仕切り、上を換気ダクト(空気通路)、下を車道にした構造だ。天井板を支えるつり金具は、ボルトでトンネル上部のコンクリートに固定されていた。このボルトが脱落して天井板が連鎖的に崩落したとみられている。
ちなみに国土交通省によると、建設当時、全長約4・7キロと長い笹子トンネルには天井板で仕切る換気ダクトが最適で、風圧などに耐えるために天井板の重量は1トン以上必要とされた。
問題の天井板からトンネル上部までは最高で5・3メートルの高さがある。このため中日本高速はハンマーでたたいて異常音を見つける打音検査をせず、双眼鏡を使う目視で済ませていた。打音検査をしていればボルトの緩みなどが見つかり、事故を防げた可能性は高い。
笹子トンネルでは打音検査を道路公団時代の2000(平成12)年に足場を組んで実施していたし、中日本高速の幹部も記者会見で「高い位置でも打音検査をすべきだった」と点検不足を認めている。労を惜しんだがゆえに事故が起きたと批判されても仕方がない。まずこの点で人災だ。
笹子トンネルは開通が35年前と、運用開始からかなりの年月が経過し、中日本高速は老朽化を事故原因に挙げる。だが、その前に同社の安全管理の不備を猛省する必要がある。
もうひとつの手掛かりは、天井板を支えるためにトンネル上部に真下から垂直に埋め込んだボルトを樹脂製の接着剤で固定した施工方法だ。
トンネル工学の専門家は「接着剤は水に触れると劣化しやすい。耐久性に問題がある。時間がたつとボルトがゆっくりとずれ動く危険性がある」と説明したうえで、「当時、接着剤がどのくらい持つか分からないのに使用してしまった。本来ならばナットや鉛などをトンネル上部のコンクリートに埋め込んでそこにボルトをねじ込むべきだった。手間のかからない接着剤を使ったところに問題がある」と指摘する。つまり笹子トンネルには設計ミスや構造的欠陥があり、やはり事故は人災ということになる。
専門家のこの指摘を裏付けるように事故現場の崩落が始まったとみられる崩落区間の中央付近では、ボルトの多くが接着剤に覆われた状態で落下、ボルトを埋め込んだトンネル上部の穴には接着剤が残っていない穴もあったという。接着剤が劣化して固定力が落ち、ボルトといっしょに抜け落ちたのだろう。また昨年12月13日の国土交通省の発表によれば、事故が起きていない笹子トンネルの下り線では、緊急点検でボルトの緩みや脱落など670もの不具合が見つかっている。これらの不具合も接着剤の問題と関係があるはずだ。
ボルトと樹脂接着剤を使った高速道路のトンネルの天井板が落下する事故は、6年半前の7月に米国マサチューセッツ州ボストンでも起きている。前出の専門家は「笹子トンネルの事故と非常によく似ている。アメリカではNTSB(国家運輸安全委員会)が調査して再発防止に役立てている」と話す。日本の国交省もこの米国の事故を把握していたというが、事故に対応した緊急点検の指示など具体的対策は取られなかった。仮に緊急点検を実施していれば、笹子トンネルの事故は防げたはずだ。国交省の腰の重さが事故を招いたわけで、その意味でも今回の事故は人災だ。
国交省は事故直後、笹子トンネルと同じ構造のつり下げ天井板を持つトンネルが全国に約50本あることをつかみ、一斉点検に結び付けることはできた。しかしながら同じように接着剤を使ったトンネルが全国にどのくらいあるかは把握できていない。その点を取材すると、国交省の担当幹部は「重い天井板がつるされていたこと自体知らなかった」と間の抜けた言い方をするから驚いてしまう。
それにしても建設当時、どういういきさつから問題の接着剤を使ったのだろうか。分割民営化で当時の記録資料がどこかに紛れ込んでしまった可能性もあるというが、山梨県警や国交省調査検討委員会は、関係者から詳しく事情を聴くとともに資料を入手して事故原因を解明してほしい。
(産経新聞論説委員 木村良一)