▶ 2013年2月号 目次
白い手袋 ーアルジェリア事件とインテリジェンスー
瀬下英雄
1月25日の朝、7時過ぎ、東京・羽田空港に日の丸のマークをつけ「航空自衛隊」という文字を刻んだ大型ジェット機が滑り込んできた 。
アルジェリアでのテロ事件で亡くなった日本の天然ガスプラント建設大手、日揮の社員9人の遺体と無事だった7人、それに政府関係者らが乗り込んだ政府専用機だ。
政府関係者、日揮の生存者が機を離れて間も無く9人の遺体が機体から降ろされ、車両に乗って移動を開始した。花束に覆われた遺体を脱帽した地上職員らが見送った。遺体は日の丸の旗にこそおおわれていなかったが、まさに企業戦士の無言の帰国であった。
専用機を降りた日本政府特使、鈴木俊一外務副大臣らは直ちに安倍首相らと会談、政府は「海外で働く日本人を守る委員会」を設置することを決めた。2日後、NHKの日曜討論番組で自民党の石破幹事長はテロが発生した外国での日本人の救出には自衛隊が当たるべきだと発言、野党も中東地域の駐在自衛官を増やすべきとする意見を表明したが、一方、政府はこの事件に便乗して自衛隊法改定目指しているのではないかという批判も出て"百家争鳴"となった。
今回のアルジェリア事件では、実は、日本だけではなく、日揮にプラント建設を発注したイギリスのエネルギー大手BPも、関係諸外国も極端な情報不足に陥った。植民地時代からアフリカと長く深い歴史を持つイギリス・フランスでさえそうだった。又、衛星からこの地域を監視しているとされるアメリカもテロリストの動き、軍の反撃を掴めなかったという。
先月16日の事件発生から2週間余り、「アルジェリア政府は、2ヶ月前から武装集団の動きを知っていた」(1月29日付け 現地仏語紙 ワタン) という報道 、 そして、アルジェリア政府の施設警護は甘かったという指摘、テロの首謀者とされるモフタル・ベルモフタルがアルジェリア人である事、今、世界で活動するイスラム過激派の中核、アルカイダは、実は、アルジェリアを源流としている事、更に過激派は日本人も標的としているというフランスのシンクタンクからの見方も出てきた。
ところで、一体、こうした情報を事前に日本政府のどこかが一括して把握していただろうか ?
政府は1月29日、事件の検証委員会(海外で働く日本人を守る委員会)を発足させた。自衛隊法改定、駐在自衛官増強などを協議するという。しかし、懸念されるのは、委員会がインテリジェンス問題への取り組みを明確にしていない事だ。
勿論、インテリジェンスというものは声高に議論するものではない。しかし、アルジェリアを含む北アフリカ6カ国を見ても政治が安定していると確信できる国は見当たらない。インテリジェンス抜きに日本人は守れない。
「外務省の役人は赴任地で白い手袋をはめてダンスをしているだけだ」と生前に辛辣な意見を述べていたのは、中曽根内閣で官房長官を務めた後藤田正晴さんだった。後藤田さんは、イラン・イラク戦争に際してペルシャ湾を行く日本の油槽船団を守るため、初めは、自衛艦を、難しいとみると、海上保安庁の船を出そうとした中曽根首相の判断を押しとどめた。憲法が禁じている海外での武力行使の可能性が有ったからだった。しかし、その後藤田さんは、実は、日本にインテリジェンスについてのしっかりした理念、本格的な組織がないことを心配していた 。
大掛かりな軍事作戦より、実は、決定的なインテリジェンスが国を守ることを世界各地の戦いを見て理解していた。だが、インテリジェンスは、決して綺麗ごとの世界ではない。率直に言って、インテリジェンスは、諜報組織なしには存在しない。 アメリカも中国もロシアも諜報戦を意識している。白い手袋でダンスをしているだけでは、肝心の情報は集められない。
勿論、インテリジェンスの強化は、方向を誤ると人権の軽視など重大な問題を引き起こす 。
未熟な日本は、今回のアルジェリア事件を契機に例えば、海外に展開する多くの日本企業の協力を得てインテリジェンスの視点からの情報収集・分析を開始し、合わせて、政府としての統一組織を首相直結の形で内閣におくべきではないか。インテリジェンスでは、アメリカなど友好国との連携が重要だが、独自のインテリジェンスを持たない国は相手にされないことも世界の常識である。多少とも時間を要しても、しっかりした体制をつくってゆく時ではないか。
瀬下英雄(叡Office代表 元NHK記者)