▶ 2013年2月号 目次
薬のネット販売解禁 副作用のリスクを忘れるな
木村良一
インターネットによる市販薬の通信販売を禁じた厚生労働省の規制について最高裁が1月11日、「違法で無効だ」と判断した。
この最高裁判決で市販薬のネット販売は事実上、解禁され、勝訴した通販業者はすぐにネット販売を再開した。需要と価格が安定した市販薬は通販業者にとって魅力的な商品で、経済効果が期待され、規制緩和の意義も大きい。今後、他の通販業者も薬のネット販売に参入するだろう。
しかしながらここで考えてもらいたい。最高裁が「ネット販売は安全だ」というお墨付きを与えたわけではないということを。とくに通販業者はこの事実を忘れてはならない。
市販薬は医師の処方箋がなくても買えるから「副作用の問題はない」という考え方も間違っている。服用した妊婦から手足の短い子供が生まれた睡眠薬「サリドマイド」の被害や、胃腸薬キノホルムによって下半身まひなどを引き起こした「スモン病」はいずれも市販薬による薬害だった。厚労省によれば、2011(平成23)年度までの過去5年間に24人がかぜ薬などの市販薬の副作用で死亡した可能性がある。どんな薬にも副作用があり、服用を誤ると被害を出す。「薬は必要悪だ」と自覚してほしい。
厚労省は2009年4月の薬事法の改正で、市販薬を副作用のリスクに応じて3つに分類し、このうち第1類(一部の胃腸薬、育毛剤など)と第2類(かぜ薬、解熱鎮痛剤など)については、省令で薬局・薬店で薬剤師や登録販売者が対面販売しなければならないと義務付け、インターネットによる販売を原則禁止にした。第3類(ビタミン剤、整腸剤など)だけがネット販売を許された。
今回の最高裁判決は①改正した薬事法には対面販売の必要性が明示されていない②ネット販売を規制する趣旨も見当たらない―として「省令は法律の委任範囲を逸脱している」と結論付けた。法的な裏付けがないのにネット販売を省令で規制した厚労省の姿勢を戒めた判決だった。
ネット販売は体が不自由な障害者や高齢者には便利だし、薬局・薬店がない離島や山間部でも薬を簡単に入手できる。インターネットを利用した販売が時代の流れでもあることも分かる。
しかし、ネット販売は対面販売と違い、薬を買う人の顔色などの症状が直接確認できない。薬剤師のいない薬事法違反の業者を見抜くのも難しい。匿名性の高さが犯罪を生むケースもある。薬のネット販売が普及した海外では偽造薬の販売が社会問題となり、基準に合格したネット薬局だけを許可する認証制度を作っている。
利便性にはリスクがともなうことがある。ネット販売では消費者自身が薬の副作用をよく理解して服用する必要がある。これは薬を購入して病気を治すなど自分で健康を管理するセルフメディケーションの基本でもある。
ところでサリドマイド、スモン病、血液製剤の投与を受けた血友病患者がエイズウイルス(HIV)に感染して死亡した「薬害エイズ」など過去の薬害はどれも構図は同じだ。
行政は最初の兆候を知っても「たいしたことはない」と薬害の被害をなるだけ小さく考えて動こうとはしない。製薬会社は目先の利益に気を取られ、行政といっしょになって被害を隠す。薬害エイズでは旧厚生省が重要ファイルなどの資料を隠し続けていた。薬を扱う医師や研究者も自らの権威を保持することに躍起になり、患者のことなど忘れてしまう。
その結果、薬害の被害が拡大する。薬を服用した患者が次々と倒れ、薬害が発覚するころには取り返しの付かない事態になっていることが多い。そして関係機関や関係者は次々と責任逃れを図る。
薬害を防ぐには薬に関する副作用情報を患者や消費者の立場に立って分かりやすくかつ早く公開することが何よりも大切だ。過去の薬害の反省から厚労省は薬の添付文書だけでなく、薬の審査や安全対策を担う独立行政法人「医薬品医療機器総合機構」のホームページで副作用情報を公表しているが、これをさらに充実させていく必要がある。
ここで話を薬の販売の問題に戻そう。インターネット販売の問題点は前に述べた通りだが、薬局・薬店の対面販売が完璧だというわけではない。薬剤師や登録販売者による対面販売が形骸化している問題もある。
最高裁判決は薬についてあらためて考える絶好の機会になる。厚労省はネット販売に対する新たな規制を検討するというが、対面販売も含めた薬の販売全体のルールを確立し、安全性と利便性とを両立できるようにしていきたい。
木村良一(産経新聞論説委員)