▶ 2013年2月号 目次
正月の社説と学生の”突っ込み"
荻野 祥三
正月の新聞には、その社の特徴が鮮明に現れる。中でも社説。日本経済のこれから、緊張する日中関係、安倍新政権への期待や注文。読み比べると各紙各様である。筆者はここ数年、筑波大学でジャーナリズムに関する授業をしている。学生がどう読むか興味を持った。
元旦から6日にかけての6本の社説を、社名を伏せてコピーして配った。見出しを「」で、印象的な文章を◎以下に紹介する。スペースの関係上、論旨はそこからご推察いただきたい。①「目標設定で『明るい明日』切り開こう」◎一人当たりGDPはOECD加盟国中1993年に2位だったのが2011年に14位(日経元旦)②「長期安定政権で国難打破を」◎明治天皇の詔勅が発せられるや、内紛は一日にしてやみ、議会は(日清戦争の)臨時軍事費を満場一致で可決した(産経元旦)
③「人間中心主義を貫く」◎帝国主義の時代にあって朝鮮も台湾も満州も捨てろと説いた石橋湛山の非武装、非侵略の精神は憲法九条の戦争放棄に引き継がれ(東京元旦)④「『日本を考える』を考える」◎国家としての「日本」を相対化する視点を欠いたままでは、「日本」という社会の未来は見えてこない(朝日元旦)⑤「戦略的外交で『互損』の脱却を。中国の強硬・膨張路線を牽制せよ」(読売3日)⑥「アジアの国境 繁栄わかちあう知恵を」◎近隣国との信頼関係は、歴史認識をめぐる一部政治家の浅慮な言動によって何度も揺るがされた」(朝日6日)。
学生たちに与えた課題は2つ。(A)何番がどの社かを答える(B)それぞれの論調に対する“突っ込み”(批判)を入れさせ、75分の授業時間内に書かせた。ある程度予想はしていたが、(A)の正答率は低く、50数人中全問正解は10人以下。完全ギブアップの学生もかなりいた。主要紙の論調は、朝日と産経を「左右」のポールとして、その間に位置づけられる。新聞世代にはおなじみの図式だが、知られていない。学生の多くが大学周辺に居住し、新聞購読者が低いためもある。
しかし「突っ込みは」はなかなか興味深かった。①日経。「失われた20年でGDPが14位とは立派ではないか」。
「経済成長せよという期待感の表明のみで、少子化など切実な問題への対策がない」②産経。「時代錯誤。日本史の資料集で見た戦時中の標語のようだ」「現政権に『日本を一つ』にするものはない」③東京。「非侵略は当然。しかし、核保有国に囲まれている日本が、最悪の場合非武装で乗り切れる根拠を示して欲しい。非侵略と非武装をセットにして語るべきでない」
④と⑥の朝日。補足すると両社説は、領土問題などでの日本のナショナリズムへの傾斜に懸念を示している。学生の「突っ込み」は、「自分の考えに近いが、ゆるい」。「少し古い考えに思えた。相手は国家を相対化する気などない帝国主義国家。日本のリベラル、もっとしっかりして!」。「相対化することで国家間の紛争やエゴは薄まるが、領土問題とは別の欧米対イスラムという新たな対立が浮かび上がる」。授業は1月8日で、アルジェリア人質事件の前だった。⑤読売。「現実主義的論調」のためか、突っ込みは少なかったが、「経済的損失で困るのは日本で、困らせることが中国の外交目的では」との意見があった。
新聞を読まない割には当たっているな、と思える意見が結構あった。逆に言えば、そういう学生に簡単に突っ込まれるような社説では困る、とも考えた。「論説委員はどんな人がなるのか」との質問があった。新聞社や通信社の入社時からの「キャリアコース」を概略説明し、「関門を突破したベテラン記者がなる」と答えると、「それじゃ、若い人の気持ちは分からないのでは」と言われた。
今の学生は、生まれた時から停滞した政治と経済の下で育っている。「新聞やテレビで語られる『理想の国や政治』は、自分の生活とほど遠く現実感がない。安定した職があり、安心して結婚、出産して子供を育てる環境が必要」との意見は、多くの学生に共通する。「一人当たりGDP14位」(日経は嘆き、学生は評価)への温度差はこのあたりから来ているようだ。
そんな学生たちは、「日本はもっと強い国家に」との勇ましい主張と、「国を相対化した平和主義」の“理想論”のどちらにも共感していない。新聞の言論空間の中にある、「左右のポール」は、彼らには意味を持たなくなっているのだ。「新聞の論調は、国家主体のものから、国家の相対化まであるが、今の日本に可能な選択肢が果たしてどれだけあるのか。それを示して欲しい」という意見もあった。
学生に「覇気がない」「夢を持て」と言うのはたやすいが、新聞、そして年長世代もまた、「覇気」と「夢」の内実を問われているのではないか?
荻野 祥三(毎日新聞社OB 筑波大学特命教授)