▶ 2013年2月号 目次
旅と人間―京都をめぐって―
山岸 健
京都とともに旅びとは、いったい何を思い浮かべるのだろうか。
京都とともにただちに東山を思い浮かべる人びとがいるだろう。京都盆地の風景は独特だ。東山、北山、西山、三方が山だが、洛南方面は奈良へとつづく大地であり、開けている。京都の山々に額縁をイメージする人びとがいるだろう。こうした山々や京都盆地の中心点となっている山がある。比叡山だ。
大阪方面から京都に向かう。電車や列車が京都に近づき、桂川を渡る。京都に向かって左手の車窓、かなたに比叡山が見える。こうした旅の車窓体験と比叡山の風景について和辻哲郎が文章を残している。比叡山は古都、京都の主峰であり、この山を中心として三方の山なみ、水の流れによって京都の空間が方向づけられており(意味づけられており)、唯一の場所、トポスが生まれているのである。
和辻哲郎には根本的空間、定位された空間、環境的空間、等質的空間という言葉がある。人と人との触れ合いと交わり、人間関係が体験される空間が根本的空間であり、家屋、屋敷、境内などが定位された空間である。風土、それは環境的空間、市街地や稲田、麦畑などが等質的空間だ。
京都とともにただちに金閣寺と銀閣寺、清水寺、三十三間堂、また広隆寺や龍安寺、嵐山やその近辺の仏閣などを思い浮かべる旅びとが少なくないだろう。定位された空間は、京都においては特別だ。それぞれに唯一の大地であり、風景も景観や雰囲気、印象、体験される気分もまったく個別的であり、独特だ。
東山方面、やや北方にあたるところに石川丈山ゆかりの詩仙堂がある。静寂を突き破って耳に触れる鹿(しし)おどしの音が体験される庭園がある。流れてきた水が竹筒にたまって、竹筒が傾いて、石に当たる。そうするとカーンというような乾いた音があたりに響く。印象的な<音の風景>だ。
風景と音の風景は、いずこにおいても、いつでも微妙に結びついている。微風があり、さまざまな風がある。大地は光や明暗や風とともにさまざまな様相を見せている。香りの大地もある。どこからともなく漂い流れてくる匂いや香り、耳に触れる音、明暗、色や形などによってさまざまな雰囲気と気分が体験される。環境の音をサウンドスケープ、音の風景という。道を歩きながらそれぞれの地点で耳に触れる音をチェックして音の地図(サウンドマップ)づくりがおこなわれることがある。
京都には水の庭園がいくつもある。疎水の流れが引きこまれている水の庭園だ。疎水の流れは平安神宮の庭園にもその姿を見せている。この池に睡蓮の花が咲く季節がある。
龍安寺など石庭で名高い寺がある。石の庭だが、水がイメージされる庭だ。石庭の庭園文化も水の庭の庭園文化も日本の文化を代表する風景だ。文化を深く掘り下げていくと大地と人びとの暮らしが浮かび上がってくる。
京都、東山の山麓に<哲学の道>と呼ばれる散策の道がある。銀閣寺への道近くからスタートする道だ。この道の途中に哲学者、西田幾多郎の記念碑が姿を見せている。水の流れに沿った道だ。流れは銀閣寺方面に向かって静かに流れている。浅い流れだ。
ドイツの名高い大学都市、ハイデルベルク、ネッカ川の上流から下流に向かって右手が右岸、この右岸の小高いところに<哲学者の道>と名づけられた景色がよい散策の道がある。ネッカ川の対岸に古城と旧市、アルトシュタットが見える。家族三人でこの<哲学者の道>を歩いた旅の日々がある。
京都の<哲学の道>、私たちにとっては折々の道であり、桜の季節にこの道を歩いた京都の旅の日を思い出す。
五山送り火の京都、それは特別な京都だ。
山岸 健(慶應義塾大学名誉教授)
=写真は、京都・詩仙堂の鹿おどし