▶ 2013年3月号 目次
B787にハイテクの死角を見た
木村良一
最初は新型機によくある初期故障だろうと軽く考えていたが、その考えを捨てざるを得なくなった。取材を進めていくうちにこの機体の設計思想をも変更せざるを得ない深刻な事態であることが分かってきたからだ。
1月16日朝、全日空機がコックピット床下のバッテリーから出火し、高松空港に緊急着陸した。機種は中型旅客機のボーイング787。米連邦航空局(FAA)はすぐに運航停止命令を出し、B787は世界の空から消えた。
B787は機体の3分の1以上が日本製だ。特に東レの炭素繊維複合材を採用して軽量化し、燃費が従来機の8割程度に向上した。開発段階から設計に参加していた全日空が2011(平成23)年9月、世界で初めて導入し、現在17機体を保有。日本航空も7機を持つ。
システムの多くを電気で動かしていることから「電気飛行機」の異名を持つ。従来機は翼やかじ、ブレーキなどを油圧装置で動かしていたが、戦闘機のフライ・バイ・ワイヤ方式と呼ばれるハイテク技術を使い、油圧を電気信号とモーター駆動に置き換えて重い油圧パイプをなくした。空調もエンジンの圧縮空気を使わずに電気に切り替え、エンジン効率を上げた。その結果、B787の2倍の乗客(500人以上)を運べるジャンボ機と比べ、6倍もの電気を使う旅客機になった。
この大量の電力を賄うのに旅客機として初めて採用したのが、従来の充電池(ニッケルカドミウムやニッケル水素)に替わるリチウムイオン電池だった。リチウムイオン電池は大容量の発電能力があるにもかかわらず、軽量で小型。まさに燃料の消費を極力抑えようとしたB787の設計思想にうってつけだった。
ところが今回、このリチウムイオン電池を中心とするバッテリーシステムがトラブルを起こしてしまった。米ボストンの空港で1月7日(現地時間)に日航機のバッテリー(機体後部の補助動力装置)から出火する事故でもリチウムイオン電池の問題が指摘されている。
そもそもリチウムイオン電池は燃えやすい有機溶媒を使い、安定性に問題がある。2006年にはノートパソコン用のソニー製電池が発火し、回収に追い込まれる騒ぎが起きている。携帯電話の電池パックでも不具合が起きたこともあった。
航空専門家によると、B787の開発実験中にリチウムイオン電池が爆発したこともあるし、2年ほど前にはビジネス用の小型ジェット機に搭載されたリチウムイオン電池がやはり爆発している。
全日空機や日航機のトラブルでは、日本の国土交通省運輸安全委員会と米国家運輸安全委員会(NTSB)が出火原因を調べているが、いずれも安全装置が働かず、「熱暴走」という連鎖的異常高熱が発生していたことが分かってきたものの、熱暴走がどうして起きたのかは解明されていない。
それにしてもなぜ、米連邦航空局は問題の多いリチウムイオン電池を旅客機に搭載することを許可したのか。米国では「認識が甘かった」との批判の声も出ている。先端の航空技術に対する過信があったのかもしれない。このあたりにハイテクの死角や落とし穴があるような気がしてならない。
航空機の事故に詳しい作家の柳田邦男さんが1月28日付の毎日新聞朝刊の「深呼吸」というコラムでB787のトラブルを取り上げ、「新型旅客機が登場すると、新しい技術を導入したところで思いがけない欠陥や見落としが引き金になって事故が起きる。経済競争で性能をギリギリまで追及すると、どこかで無理が生じる」という内容のことを書いている。その通りだと思う。
今回のB787のバッテリートラブルは、燃費の節約をとことん追い求めるなかでリチウムイオン電池やその周辺のシステムの欠陥を見落としてしまった可能性がある。離着陸時の衝撃や温度差など環境の変化の激しい空を飛ぶ航空機にリチウムイオン電池を使うこと自体が早過ぎたのではないか。もっと実験を繰り返すべきだったと思う。
B787は開発段階からトラブルが相次ぎ、全日空への1号機納入が3年以上遅れた。運航後もバッテリーからの出火以外に燃料漏れや操縦席の窓のひび割れなどが続いた。事故の芽となるトラブルはしっかり摘み取る必要がある。
問題のバッテリートラブルではボーイング社が暫定的改良で運航再開を求めたとしても、日米の航空当局は応じてはならない。時間がかかっても熱暴走を起こした原因を解明し、それを防止できるシステムを作り上げたい。
(産経新聞論説委員 木村良一)