▶ 2013年5月号 目次
中国の鳥インフルエンザ感染…。情報隠しなどもっての外だ
木村良一
また鳥インフルエンザの被害である。中国で「H7N9」と呼ばれる新種の鳥インフルエンザウイルスが人に感染し、それが広がっている。当初は東部の上海やその周辺だっだのが、北部の北京にまで飛び火した。感染して亡くなる人の数も増えている。
中国政府は早い段階(3月31日)で、死者が2人出ている事実を公表し、その数日後にはウイルスの全遺伝子データを世界各地のWHO(世界保健機関)インフルエンザ協力センターに提供した。世界のウイルス研究者や専門家、公衆衛生担当者からは「情報隠蔽がしばしば指摘される中国としては異例の速やかな対応だ」との声が上がった。
中国では10年前に新型肺炎のSARS(重症急性呼吸器症候群)が流行したとき、政府による情報隠しが感染を拡大させ、中国のみならず周辺の国にも大きな被害をもたらした。それに比べると、今回の対応は雲泥の差である。SARS対応の反省による成果だろう。
しかし、これが当然なのだ。早い段階での公表といっても中国が感染の実態を発表したのは、最初の患者死亡から1カ月近くが過ぎていた。中国にはもっと早い対応を求めたい。情報の公開が早くなければ、H7N9ウイルスが変異して人から人へと次々に感染するようになった場合、とても対応できないからだ。
それに国家秘密保護法をベースとする相変わらずの報道や言論に対する統制も気になるし、感染症を調査するサーベイランス能力の低さも問題だ。
ところで中国、隠蔽体質、感染症…というこれらの言葉から〝エイズ村〟をルポした『中国の血』(ピエール・アスキ著)を思い出す。7年前に文藝春秋から出版され、大きな反響を呼んだ。確か著者はフランスの日刊紙「リベラシオン」の北京特派員で、エイズ患者が多発している河南省の貧しい農村に入り、当局の目をかいくぐりながら取材を続けた。
本書によると、河南省でのHIV(エイズウイルス)感染の始まりは売血だった。1993年に河南省衛生庁のトップが「河南省の農民が年に1、2回ほど血をバイオテクノロジーの外国企業に売るだけで河南省には数億元(1元は14円)ものお金が入る。中国にエイズは存在しないから外国企業は喜んで血液を買うだろう」と話して血液を収集するセンターの設立を部下に命じた。
ところが血液を採取する注射器の使い回しなどの不衛生さからHIV感染が広がった。河南省当局は売血によるHIV感染を知っても何も手を打たず、しかも役人たちは闇で農民に売血をさせて自らの私腹を肥やし続けた。その結果、数十万人がエイズで死亡する悲劇が起きた。
エイズだけではない。中国の食品や医薬品も危ない。以前、日本では中国産の冷凍ほうれん草の残留農薬が問題になったり、中国から輸入されたウナギの蒲焼きから発がん性の抗菌剤が検出されたりした。米国では中国で作られたペットフードを食べたイヌやネコが死に、パナマでは中国の咳止めの薬を服用して死者が出た。世界では「チャイナフリー」と明記された商品が人気を呼んだ。
なぜ、中国ではこうした問題が次々と起こるのだろうか。中国共産党の一党支配による政権下で、倫理観や価値観がおかしくなっているからではないか。
話をもとに戻そう。鳥インフルエンザウイルスは、人の新型インフルエンザウイルスに変異する。この新型に対し、人類は免疫(抵抗力)を持たないからあっという間に広がる。新型の感染力はパンデミック(世界的大流行)を引き起こした2009年の新型(H1N1ウイルス)の発生を思い出せばよく分かるだろう。
新型インフルエンザは中国南部で発生するといわれている。中国南部にはたくさんの養魚池があり、冬になるとシベリアからカモが飛来し、この養魚池に糞をする。鳥インフルエンザウイルスは、カモなどの水鳥のおなかの中に存在する。だから糞にはウイルスが多く含まれている。
養魚池の周辺にはブタ小屋があり、ブタが養魚池の水を飲むと、鳥インフルエンザに感染する。ブタは人のインフルエンザにも感染するので、ブタの細胞内で鳥と人のウイルスの遺伝子が混ざり合って人に感染する能力を持った新しいウイルスができ上がる。これが新型インフルエンザだ。ちなみにブタを介さない突然変異で新型が生まれることも分かってきたが、ブタが介在するケースがそれまで定説だった。
中国は自分の国が新型インフルエンザの発生地ということを肝に銘じて対策をとらなければならない。調査能力を上げて実態を的確に把握し、すばやく公表してほしい。情報隠しや言論統制などもっての外である
。木村良一(ジャーナリスト)