▶ 2013年6月号 目次
アフリカ「10億人市場」の素顔 ① ――"サムスンタワー"の衝撃
中島 みゆき
アフリカが注目を集めている。1日横浜で開幕した第5回アフリカ開発会議(TICAD)では安倍晋三首相が「日本企業にとってのアフリカの魅力」を強調し、今後5年間に官民合わせて3兆2000億円の資金を投じることを表明した。5年に1度日本政府主催でアフリカ支援を話し合ってきたTICADは、5回目にして官民連携での投資環境整備へと大きくテーマを変えた。企業の視線の先にあるのは豊富な資源と10億人とも言われる巨大市場だ。本当にそれでよいのか。アフリカの素顔はどこにあるのか。4月末に訪れたザンビアの実情を3回に分けて報告したい。
■出遅れ日本
ザンビアの首都・ルサカの市街地に入って目に飛び込んで来たのは高層ビル「Findeco House」の最上部に青く輝く「SUMSUNG」のロゴだった。1970年代に初代大統領、ケネス・カウンダが鉱業セクターを担う国策会社のために建てたビルは、ザンビアで最も高くランドマーク的存在だ。サムスンは昨年、ここに広告を出す権利を獲得した。
私がアフリカを訪ねるのは03年、05年に続き3回目だが、これほどまで韓国・中国企業の進出を感じたことはなかった。ショッピングセンターの家電売り場はサムスンやLGの製品に席巻されていた。街を歩けば「ニイハオ」と声をかけられる。中国人が経営する飲食店は大勢の客でにぎわっている。
日本企業が進出していないわけではない。ザンビアを走る自動車は8割方が日本車だ。そのほとんどは中古車で、後部ガラスに日本国内の車庫証明がついたままのものも多い。ルサカには主要メーカーのディーラーがあり「アフターサービスがよい」と評判がよい。しかし製造業として進出しているのは、昨年6月に日立建機が鉱業用産業機械の部品再生工場を造ったのが最初で、ザンビア在住の日本人は300人に満たない。2万人ともいわれる中国人と比べると、圧倒的に少ない。
■鉱物価格上昇でバブル
今回ザンビアを訪ねたのは、アフリカ経済が好調と伝えられる中、2000年代初頭に債務削減を受けた重債務貧困国が現在どのような状況にあるのか、見たいと思ったからだ。
かつて「ジュビリー2000」という市民活動を取材した。冷戦下で東西両陣営が独立間もない国々を取り込もうと援助名目で貸し付けた資金は、その後の経済低迷や一次産品の国際価格暴落の影響で90年代後半には返済不能なレベルに膨れ上がっていた。IMFはそうした国々に緊縮財政や公営部門の民営化を求めた。結果として病院に行けない人や学校に通えない子どもが増え、貧困が貧困を生む事態に陥った。
99年のケルン・サミットでは、この悪循環を断ち切ろうとインターネットで呼び掛け合った市民が議場を囲み、総額700億円の債務削減が合意された。その後も活動は続き、ザンビアは2005年に削減を受けた。
最近のザンビアは、銅の国際価格上昇による生産量増加により6~7%台の経済成長率を維持している。コパー・ベルトと呼ばれる鉱物生産地帯は好景気に沸いている。特に豊かでない人も携帯電話を持っているし、スーパーで買い物を楽しむ家族連れも多い。けれどもザンビアの輸出額の6割は銅が占め、鉱物価格変動の影響を受けやすいモノカルチャー経済であることは変わっていない。
■「成長とは何か」
これは本当に成長なのか、いわゆる「資源の罠」ではないのか。貧困削減に取り組む国際NGO、オックスファム・ザンビアのネリー・ニャンガ事務局長に尋ねると「成長とは何かと、周辺国のNGO代表者と議論している。ザンビアの成長率は鉱物資源収入であり、持続可能な成長とは呼べない。進出企業の中には(ザンビアに)税金を払っていない企業も多く、教育や医療など人々の生活向上に十分な資金がまわっていない」との答えが返ってきた。ザンビア政府は教育無償を唱っているが高額な諸経費が払えず学校に通えない子どもも多い。女性の地位は低く、家庭内暴力や性的虐待の被害も深刻だという。ネリーさんは、租税回避企業からの徴税や教育への投資の重要性を政府に訴えている。
安倍首相はTICADで「今アフリカに必要なものは民間の投資と、それを活かす官民の連携だ」と述べ、参加約50カ国の首脳と積極的に会談を重ねた。その背景には出遅れ日本がアフリカの成長に何とか乗りたいという意図が露骨に見える。しかし現地の人々の暮らしを真に向上させる支援でなければ、資源収奪の歴史が繰り返されてきたアフリカに、後発国・日本が受け入れられることは難しいだろう。資源や市場ではなく、人を見た支援こそが今、求められている。(続く)
中島 みゆき(毎日新聞記者)