▶ 2013年7月号 目次
アフリカ「10億人市場」の素顔②--「コンパウンド」の暮らし
中島みゆき
「最後の巨大市場」として注目を集めるアフリカ。経済誌などでは高い経済成長率や都市のにぎわいが強調されるが、そこに集まる人々はどのような暮らしをしているのか。ザンビアで都市人口の半分以上が暮らすといわれるコンパウンド(未計画居住地)を訪ねた。
■重い教育費負担
夕方、首都・ルサカ市郊外のンゴンベ・コンパウンドを訪ねると、未舗装の道を多くの人が歩いて帰宅しているところだった。コンクリートブロックを積みセメントで固めただけの家々の間を子どもたちが駆け回り、野菜やイモ類、干し魚、衣料品を並べた市場は、買い物客でにぎわっていた。教会からはゴスペルともロックともつかない、力強い合唱が聞こえてきた。同行してくれたジェーン・ムトゥンガさん(37)に「お祭りですか」と尋ねると「祈っている」とのことだった。
約3キロ離れた外国人住宅に徒歩で通いハウスキーピングの仕事をするジェーンさんの家は、6畳間ほどの広さの部屋2つに、夫と14歳から4歳の男児4人の計6人が暮らしている。居間にはテレビや中古市場で買ったミニステレオ、電子レンジなどの家電製品がある。水回りはなく、家の裏手の井戸から水を汲み、玄関先で調理するのだという。トイレも家の外のものを近所と共有で使っている。風呂はトイレの中で水を浴びてすませているという。
ジェーンさんの月収は700クワチャ(約140ドル)。私立学校の非常勤講師を務める夫、ケルビンさんの収入と合わせても、家賃や食費、子どもの学費を払うと手元にほとんど残らない。ザンビア政府は基礎教育無償を唱っているが、制服や教科書、諸経費などが年間100ドル以上かかり、家計を圧迫している。市街地のショッピングセンターを見に行くことはあるが、買うのはちょっとした食品くらいと話す。それでも夫婦は携帯電話を持っており、家族の生活は楽しく落ち着いているように見える。
ジェーンさんに「幸せですか」と尋ねると、「幸せよ」と満面の笑みが返ってきた。近々、自分たちの家を持つのを楽しみにしている。
■人口密度と衛生問題
ルサカ市は1930年代に旧イギリス領・北ローデシアの首都として建設された。中心部には鉄道駅や官公庁、商業・工業地区があり、かつて白人居住区だった地域には、高い塀と電流の通る有刺鉄線に囲まれた家々が並び、植民地時代の都市のつくりが今も続いている。1990年代以降IMFの構造調整によって民間払い下げされたと思われる土地にはショッピングセンターや外国資本による住宅も建っているが、一般市民に手の届く価格ではない。
ルサカ県の人口は2000年までに100万人を超え、今も増え続けている。そのかなりの割合が都市計画から外れた「コンパウンド」(Compound)に住んでいる。ルサカ市内には約40のコンパウンドがある。ケルビンさんによると、ンゴンベ地区は約0.7平方キロの範囲に10万人が暮らしている。
ンゴンベ地区の子どもの栄養状態や人々の暮らしぶりは一見した限り、以前見た南アフリカやアンゴラのスラムのような悲惨さはない。ただ、ジェーンさん宅にも上下水道は通っておらず、くみ取り式の共同トイレから10メートルも離れていないところに井戸がある。私が訪ねたのは乾季だったが、雨季になったらどうなるのだろうと心配になった。
ルサカのコンパウンドの多くは、高い人口密度と衛生問題を抱えており、その改善事業の9割方が海外からの寄付頼みというのが現状だ。
■増え続ける都市人口
アフリカの都市人口率は2030年に50%を超すとみられている。そのほとんどがこうして都市計画外の地域に暮らす人々だ。衛生上必要なインフラの整備は追いつかず、HIV感染率も高い。経済を支える人々の暮らしが根本的に改善されない限り、「成長」は砂上の楼閣のように崩れる危険を常にはらんでいる。
ジェーンさんの家からの帰り道、子どもたちが難百メートルも車の横を走って見送ってくれた。この子たちの未来が真に明るいものであるよう、祈るような気持でコンパウンドを後にした。
中島みゆき(毎日新聞記者)
=写真は、ジェーンさんと近所の子どもたち