▶ 2013年8月号 目次
初のネット選挙を振り返る-テーマ語らぬ候補者、姿見せぬ有権者
李洪千
初めて解禁されたネット選挙運動は成果をあげたのでしょうか。何か変化が起こるのではないかと期待は膨らみましたが、選挙結果をみると、自公合わせて獲得議席は過半数を超え、民主党が大きく後退するという予想された通りに終わりました。ネット選挙運動が解禁されたからといって、何らの想定外の結果が起きたわけではありませんでした。
2002年の韓国と2008年アメリカの大統領選挙で起きたネット選挙運動のインパクトを、今回の参院選で確認することはできませんでした。韓国では、弱体候補だった盧武鉉氏がネット上のファンクラブの支援によって予想を覆して大統領選挙を制する結果となりました。アメリカでは、SNSを巧みに駆使してオバマ氏が政権交代と共に初の黒人大統領になりました。これらの事例を踏まえて今回の参院選をみると、日本のネット選挙運動は「ネット」はあったものの「選挙運動」はなかったと評することができます。
「おいおい!ちょっと待って。ネットでもいろいろやりましたよ!」と各政党は反論するかもしれません。しかし、NHKが分析したビックデータの結果によると、参議院選挙期間中に政治家が発信した情報のほとんどは「街頭演説のお知らせ」でした。有権者の関心が高い、原発、TPP、憲法改正などのテーマは語られることはありませんでした。ツイッターのつぶやきを対象にした毎日新聞の分析でも、「街頭」、「演説」、「駅」という言葉が候補者のツイートに多く使われていました。各政党の情報発信は党首など知名度が高い一部の政治家に集中しており、民主党の海江田代表のようにツイッターのアカウントは開設したものの一つもつぶやいていない人もいました。2012年韓国の大統領選挙で威力を発揮したカカオトークに相当する「ライン」でも、使い方はツイッターと同じく、毎日の遊説日程が中心の配信でした。インターネット上での党首討論は、キャンセルされ、動画配信も双方向が欠けたやり方でした。
一方で、ネットを利用した有権者の政治参加も芽を出すことができず、選挙結果に何らも影響を与えることができませんでした。有権者の政治参加が盛り上がらなかった背景には、ネット上の動きより、政治家の動向ばかり注目したメディアの責任が大きいのです。
実際にネット上では、21日の正午に投票呼びかけのメッセージを送る「ファス
ト・ステップ」の一斉の告示キャンペーン、インターネットで集めた政策を選挙公約に反映させる「Youth UP」、選挙区の候補者が比較できるサイトを制作した「ちばでも」、政治家との交流会を設ける「ネクスト・コネクション」など様々な活動が行われました。選挙期間中にこれらの活動が大きく取り上げられることはなく、選挙後にこのような活動もあったという事後報道的なやり方でした。
メディアは今回の選挙結果を「自民大勝、民主惨敗」と評価していますが、本当は自らの活動が注目されずほとんど姿を見せなかった有権者が一番負けたのかもしれません。ネット選挙運動が盛り上がるためにはマスメディアの紹介が不可欠です。日本のように、選挙にネットを利用する試みがほとんど行われていない状況では、ネット選挙運動をどのようにするのか、また、どのような活動が行われているのか、どこまでは違法ではないのかなど、ネットをより活性化させるためにあらゆる情報を提供しないといけません。残念ながら、メディアの関心は有権者ではなく政治家に固定されていました。逆に、誹謗中傷やなりすましを強調することで、結果的に有権者のネット選挙運動を萎縮させる役割を果たしてしまいました。
このような結果を招いたのはネット選挙運動についてメディアが誤解しているからにほかありません。記事では有権者も選挙運動ができると報じながら、実際は政治家の選挙運動がインターネット上でも可能になったと狭い意味で解釈していました。ネット選挙運動の解禁によって選挙運動が可能な人数が、432人の候補者から1億400万人に増えたことがもっとも重要な変化です。
2012年の韓国の大統領選挙では、投票認証ショットを通じて多くの有権者が選挙に参加しました。2008年の米国大統領選挙では、小口献金を通じて数百万人の人が選挙に積極的に意思を表明しました。今回の参院選は、有権者の心を摑むような魅力的な候補者もなく、国を二分するような論争的なテーマもありませんでした。それを提示できなかった政治の責任も重いのですが、ネット選挙運動の時代には有権者も責任の半分を受け持つことを認識しないといけません。
李洪千(慶應義塾大学専任講師)