▶ 2013年8月号 目次
流行語としての「アベノミクス」の勝利
鎌田和彦
毎年年末に発表される「新語・流行語大賞」は今年30回目を迎えるという。そのスタートは私が大学に入学した1984年。バブル時代を感じさせる「まるきん・まるび」、今再び復活中年タレントとして活躍する堀ちえみの「教官~」。当時の流行語を振り返るとその時代が生々しく蘇る。その言葉に当時の空気が染み付いているということだろうか。
安倍政権が掲げるアベノミクスも時代を表す言葉として私たちの記憶の片隅に残ることになるだろう。よほどのことがない限り、2013年流行語大賞はアベノミクスで確定だ。今年の年末、大賞トロフィーを受け取る菅官房長官の姿を繰り返し見ることになるだろう。(「小泉劇場」が大賞を受賞した2005年には武部官房長官が「くのいち候補」とともに授賞式に登場している)
さて、今次参議院選挙において、なぜここまで安倍政権が圧勝できたのか? 私は、アベノミクスというキャッチフレーズの効果こそがその最大要因だと見ている。今おそらく、小学生に聞いてみても、ませた子供ならアベノミクスは知っているはずだ。何なら安倍首相本人よりもアベノミクスというフレーズの方が浸透しているのではなかろうか。
これだけ浸透力のある政策キーワードを意図して広めようとして広まるものではない。そこに「三本の矢」なるキーワードが付帯したのが安倍政権発足直後ではなかったか。ちなみに、私は三本の矢の構成を正確には理解していない。円高解消、株価上昇、経済成長だろうか? まあ、とにかくアベノミクスの具体性は有権者にとってそこまで重要ではなく、むしろ、一言で「経済頑張ります!」とクリアーに伝達してくれていることに意義があったわけだ。
このあたりが、自民党が政権を失って以降、学習した点ではなかろうか。「美しい国」などと言われても国民は期待しようもなく、なんなら冷めるばかりだ。先の参院選で反原発を政策の柱に置く政党がほぼ姿を消したが、「これはやりません」では政策になりようがない。ましてや、なすべきことが星の数ほどある中で、エネルギー政策とその中でも一部分でしかない原発についてフォーカスしたのでは、いかにも矮小というものではなかろうか。安倍政権は原発議論も健全に無視した。敢えて触れずに流したというところだろう。
つまり、アベノミクスは抽象的ではあるものの取り組みの方向は明確であり、かつ、取り組みの”粒”が国家として相応しい大きさであったのだ。
企業経営の世界に“ビジョンは北極星であるべし”という言葉がある。目標を天空に定めれば集団が迷うことはない。一方、地上の一点に(この比喩では対比として北極点が上げられる)目標を定めても、それは集団にとって目標にはならない。集団は地上の一点(北極点)をその目で確認することができないのだ。この点、今、自民党が示すアベノミクスは北極星的ビジョンといえるのではなかろうか。
企業経営の視点で見ると、安倍政権の勝利は「経済再生」への“選択と集中”の結果とも受け取ることができる。第二次安倍政権発足以来、自民党関係者はバカの一つ覚えがごとくアベノミクスを繰り返し発信した。野党側もアベノミクスを無視できず、躍起に反論するから余計にアイコン化が進むという矛盾も起きた。
アベノミクスというキラーパスの前では、あらゆる敵陣営があっさり得点を取られるばかりだったわけだ。下世話な例だが、これはかつての吉野家が愚直に牛丼だけ提供することで絶対的ナンバーワンを維持していた姿と似ている。あるいは、伊勢丹がファッション特化でダントツの売上を獲得する姿と言ってもいいかもしれない。まあ、とにかくアベノミクス=経済再生に集中特化したゆえの戦略的価値の創出だったのだ。
ところで、気掛かりなのは野党の動向である。民主党は自民党に対抗する勢力としての充分な数を確保できていない。二大政党制が叫ばれ、実際その方向に向かっていたにもかかわらず、たった一度の政権交代に懲りて逆行する風潮はいかがなものか。第三極などというマイナーを自認する勢力など日本の社会に必要なのか?
社民党や共産党といったそもそも目指す政策がマイナーである場合は別だ。一方、維新の会にせよみんなの党にせよ“ほぼ自民党”だというのに屋号だけ架け替えて第三極などと言う。本気で政策を実行したいなら自民党に入ればいいのにと思うのだが……結局は、純粋な政策実行ではなく、個人の影響力行使を目指しているに過ぎないのではなかろうか。
民主党の党勢回復こそ健全な民主主義にとって最も近道と思うのだが、そこに現実味がないというのが何とも切ない。結局、第三極が意義を失い、また新たな再編が繰り返されるのだろう。今年とは言わないが、来年の流行語には、そうした政党再編ネタが上げられるかもしれない。ちなみに「第三極」「維新」は2012年流行語ベストテンに選ばれている。時代は常に移ろうということだろう。
鎌田和彦(アート・クラフト・サイエンス代表取締役会長)