▶ 2013年8月号 目次

生体移植の背後に横たわるドナー不足 この解決を忘れまい

木村良一


 ジャーナリストにはことあるごとに思い出し、記憶にとどめる努力を怠ってはならない取材対象があると思う。私にとってそのひとつが移植医療であり、その背後にでんと横たわる深刻な脳死ドナー(脳死下での臓器提供者)不足だ。
 7月2日付の朝刊各紙に報じられた岡山大病院(岡山市)の生体肺移植手術のニュースが、そんな私の思いに再び火を付けた。
 岡山大病院の手術は、3歳の男児に母親から摘出した右肺の中葉を移植するものだった。生体からの中葉の肺移植の成功は世界で初めてで、国内的にも男児は最年少の肺移植患者になる。
 岡山大病院の執刀医は1日夜に記者会見して「経験したことのない難しい手術だったが、無事成功した」という趣旨のことを述べていた。まずは手術の成功を祝し、移植手術を受けた男児と肺を提供した母親の健康を祈りたい。
 しかしながらここであえて厳しいことを言わせてもらう。確かに手術自体はうまくいったかもしれないが、移植医療の取材を20年近く続けてきた新聞記者としては「成功」という言葉をそのままうのみにはできない。
 男児は2年ほど前に白血病の治療で骨髄移植を受けた後に合併症から肺機能が低下し、肺の移植手術が必要になったという。肺は左の肺が上葉と下葉に分かれ、右肺は上葉と中葉、下葉に区分される。一般的に肺の移植では、容量が大きな下葉が使われる。しかし幼児の場合、下葉ではサイズが大き過ぎるため、岡山大病院は最も小さい中葉を移植した。
 ところが中葉は小さいだけでなく、下葉とは形や血管の位置関係が異なることから手術の難易度はかなり高く、世界でもこれまでに成功例がなく、「中葉は移植に適さない」とまでいわれてきた。
 患者を何としてでも助けたいという医師の思いや、外科医として自らの手術手技を高めたいという気持ちがあったからこれだけ難しい手術をやり遂げられたのだろう。  それにしても状況は過酷だ。移植された肺は再生能力のある肝臓と違い、男児が成長しても大きくならない。母親の中葉を移植された男児は10~15歳になると、肺の容量が不足する。このため脳死ドナーが現れるのを待つか、それが無理なら父親の下葉の肺を移植する計画だという。