▶ 2013年8月号 目次
アフリカ「10億人市場」の素顔③--「自律」の条件
中島みゆき
ザンビアの首都・ルサカ市内を車で走っている時、あるロゴが目に入った。遺伝子組み換え技術で圧倒的なシェアを持つ多国籍バイオ企業、モンサントのロゴマークだ。「なぜここで?」と気になった。
■ハイブリッド種子の実証農場
ザンビアは、遺伝子組み換え食糧による援助を拒否した国という印象が強かった。2002年、干ばつで食糧難に直面したザンビアに米政府が提供しようとしたトウモロコシに遺伝子組み換えのものが混ざっていることを知ったザンビア政府はこれを拒否した。当時のザンビアは人口の2割以上の食糧が不足していたが、健康被害や在来種との交配、生態系への影響が予知できないと断ったのだ。
では目の前にある、この大きな建物は何なのだろう。よく見ると壁に「デカルブ・ハイブリッド種子」と、トウモロコシを形どったマークが描かれてる。デカルブはモンサント傘下の種子会社だ。「なるほど」と思った。
ハイブリッド種子とは、人為的な交配によって多収性や栽培安定性など優れた性質を実現した種子のこと。ただしその特性は1代限りで、2代目以降は形質が一定しなくなる。ルサカのモンサントの壁には、青々と茂るトウモロコシ畑の写真の横に、6種類のデカルブ種子の品種名と早収性や乾燥耐性、病虫害への強さなどの特徴が列挙されていた。
ルサカ郊外の幹線道路沿いにはザンビアで高シェアを誇るSeed CoはじめMRI、ZAMSEED、Pannarといった種子会社や品種目が書かれた看板の立った実証農場が並んでいる。田舎町のロータリーに種子会社の事務所があるのも見かけた。聞くと、こうした実証農場では種子会社が種子だけでなく肥料なども提供してくれるのだという。
■「援助」で変質した農業
急激な人口増加と気候変動による干ばつリスクが高まるアフリカでは、食物の安定的な増産が急務となっている。種子会社は、乾燥耐性や収量の安定をうたった種子や肥料の販売で競い合っている。モンサントは2008年から、アフリカ農業技術基金(African Agricultural Technology Foundation,AAFF)や国際トウモロコシ・小麦改良センター(International Maize and Wheat Improvement Center,CIMMYT)、ケニア、南アフリカ、タンザニア、ウガンダ各国の国立農業研究機関とともにアフリカ独自の乾燥耐性トウモロコシ品種を開発するWEMA(Water Efficient Maize for Africa)計画に参加し、遺伝子技術を提供している。
ルサカからリビングストンまで6時間ほどバスに乗ったが、窓の外を種子会社の看板が次々と通り過ぎていった。延々と連なるトウモロコシ畑をながめているうち、素朴な疑問がわいた。なぜトウモロコシなんだ、と。
大学時代、アフリカの主食は芋と雑穀と習った。1966年初版の中尾佐助著「栽培植物と農耕の起源」にも、アフリカのサバンナ地帯で栽培されてきたのは多年生の雑穀と書いてある。2003年にカメルーン奥地の村を訪ねた時も、主食はマニョック(キャッサバ)粉を湯で練った食べ物だった。ところがルサカ市内では、人々の主食「シマ」と呼ばれる練り粥の材料はトウモロコシ粉で、スーパーではたくさんのパンやお菓子が売られていた。
アフリカの人はいつから大量のトウモロコシや小麦を食べるようになったのか。調べると、1960年代末から70年代前半の干ばつを機に、食料援助という形で世界市場でだぶついていたトウモロコシや小麦が流れ込み、人々の食生活が変化したという話を聞いた。これらの作物は水不足に弱く、干ばつのたびに不作となり飢餓の原因となっている。また、パンを焼くのに大量の薪が必要なため、小麦食への転換は森林破壊も招いたという。
■環境と経済の両立を
急増する人口を養うため食糧増産は必要だ。しかし、本来人々が食べていなかった作物を作るためにバイオ技術を使うことが、本当にアフリカのためになるのだろうか。
2005年にケニアの環境活動家、ワンガリ・マータイさんの故郷を訪ねた。そこでは女性が木を植え、在来種の作物を育てることで地域の環境保全と生活向上を目指していた。ハイテク種子は栽培するたびに種や肥料を買わなくてはならない。不作の時は借金としてのしかかる。真の自律を目指すため、マータイさんは在来種にこだわったのだ。
最終日、ビクトリアの滝に月光が描く虹を見た。昔から滝の爆音を恐れた人々が周辺に近づかなかったため豊かな自然が残り、観光資源になっているのだという。アフリカを訪ねるたびに心打たれるのは、圧倒的な自然の豊さと、助け合って生きる人々の気高さだ。どうかその良さを失うことなく持続可能な道を進んでほしいと、月の虹に祈った。(終)
中島みゆき(毎日新聞記者)