▶ 2013年9月号 目次
安倍首相、消費増税へのためらい~超長期・安定政権への目論み~
陸井叡
昨年秋、消費増税法案が成立した。しかし、当時の民主党政権の野田佳彦首相は、その結果として党の分裂を招いて立ち往生、解散総選挙に打って出たが惨敗した。民主党政権は、ほぼ3年で政党生命を含めて"消滅"に近い形で終わってしまった。
ところが、後を継いだ自民党の安倍晋三首相は、国会を通過すみで"いただき"の筈の消費増税の実行について"ためらい"を見せる。
消費税は1989年4月当時の竹下登首相によって導入、実施されたが、その直後、竹下政権はリクルート事件に巻き込まれ退陣してしまう。次の消費税の節目は1997年4月に訪れる。当時の橋本龍太郎首相が税率を3%から5%へひきあげた。ところが、直後、景気は失速、間も無く橋本政権も退陣する。消費税を創設、その後の税率引き上げに取り組んだ3人の首相全員が永くは政権に止まれなかったという事実が安倍政権をなやませる。消費税で傷がつかなかったのは3人の首相を今でも"神様"扱いする財務省だけではないかという財務官僚への警戒心も覗く。
特に、安倍首相が気にするのは橋本政権の税率引き上げ直後の3ヶ月(1997年4月ー6月)に実質経済成長率が一気に3.7%も落ち込み、日本経済が今日まで続くデフレのトンネルに入ってしまった事だ。
今年4月安倍首相の抜擢で就任した黒田東彦日銀総裁の下で始まった"異次元"の金融緩和によってまず、株価の急上昇と急激な円安が進んだ。その後5月23日株価は急落、円安も膠着状態だが、デパートでは高級品が売れ東京都心では高級マンションの取引が活発になる等"デフレからの脱却"が一部にはみえる。そして、7月の幾つかの経済データは、一見、デフレ脱却を裏づける。例えば、全国消費者物価指数は0.7%上昇 、失業率は3.8%ヘ改善し「日本はデフレから脱却しつつある」(8月30日甘利経済再生相) 「消費増税に(よい)影響がある」(同 麻生財務相)等の発言が相次いだ。
さて、安倍首相の消費増税への"ためらい"の背後には、今後の政権構想のあり方が覗く。安倍政権は大きな"躓き"がなければ、今後の3年間は選挙が無く安泰が保証されている。そして、実は、政権幹部はその後の3年と合せて6年間の"超"長期の安定政権を目指している。安倍首相としては憲法改正、教育改革などの念願を果たし、祖父の岸信介元首相と並ぶ実績を残したいという思いとも重なる。
安倍首相は、昨年暮れの総選挙、そして、今年7月の参院選と、いずれもアベノミクスと言われる経済政策を一枚看板に大勝を重ねた。それ丈に最初の"躓き"が消費増税となることを恐れている。まず、来年4月に8%ヘ引き上げた後、橋本政権当時と同じ様に景気が一気に落ち込まないか?
"デフレを脱却しつつある"というデータも更に分析すると、例えば、失業率の改善を支えたのは女性のパート拡大が主因で、正社員の雇用は伸びていない。又、賃金も6月までの13ヶ月間減少している。7月の消費者物価の上昇も主因は、電気料金が10.1%の値上げと、実に、32年ぶりの2ケタ上昇となった事などによるもので、生活物価は上がっても賃金は伸びないという状況となっている。
安倍首相は、10月初めには決断するとしている。増税を見送ると国債が暴落するという財務省出身の政治家、その御用学者らによる例の"狼少年"の遠吠えもまた始まった。勿論、増税をしてその財源は年金など社会保障のみに使う仕組みを導入すべきだという真剣な議論もある。消費増税分をあわよくば公共事業に回そうという政治家グループもある。
実は、多くの経済専門家の予想は、来年4月、消費税が8%に引き上げられると実質経済成長率(4月ー6月)は一気に-5.1%程度に落ち込むというものだ。
成長戦略も具体的に進んでいない中でこの"躓き"から政権は立ち直れるのか。又、中国経済の先行き不透明感など海外経済にも不安が広がる。デフレからの脱却 を確実なものとするまで消費増税は先送りするというは、決して無謀な判断ではないのではないか。
陸井叡(叡Office 代表)