▶ 2013年9月号 目次
「リベラル」勢の存在意味
栗原 猛
巨大与党の出現で政治の座標軸は右にシフトした。「決められる政治」の態勢は整ったが、そこで気掛かりになるのは、議会制民主主義で大事な政権や与党のチェック機能役を果たしてきた「中道左派」とか「リベラル」勢の後退である。リベラル勢力に再生はあるのか。
リベラルの語源はLIBERで、「制約されない」という意味だ。そこから、LIBERALISM(自由主義)などが生まれた。ヨーロッパから米大陸に渡った人たちは、身分制度を持ち込まなかったから、米国の建国の精神は自由である。政府の介入は小さい方がよしとするのが共和党だ。民主党はオバマ政権は、財政を使って貧困、雇用、格差是正などに取り組んでおり、リベラルと呼ばれ大きな政府を志向する。一方、身分制度が根強いヨーロッパでは、キリスト教系の政党が保守党で、労働組合が基盤の社民党がリベラルである。
日本ではリベラルというと保守の反対概念と思われがちだが、「保守リベラル」、「ハト派」、「中道リベラル」、「左派リベラル」などの呼称があるように、幅が広く曖昧である。リベラル勢の近況を見ていこう。
日本労働組合総連合会(連合、約680万人)は、いま結成以来の危機にある。春闘が存亡の危機を迎えているからだ。連合によると、傘下1456組合の春闘の賃上げ額は、前年比51円増。中小組合になるとさらに低い。お家の事情も複雑で、連合の古参幹部は「政府、与党は連合を柔軟な民間労組系(UAゼンセン=旧UIゼンセン同盟など)と、官公労系(自治労、日教組など)に分裂させようと動いている」という。右傾化や反原発など取り組むべき課題が多いと思われるが、内向きにならざるを得ないようなのだ。
原発再稼働に反対して通商産業省前でテントを張っている人々は、「組合から支援の申し出もないし、こちらから協力をお願いすることもしない」と言う。労働運動と市民運動の間にも溝ができているようだ。その労働組合を支持基盤に持つ民主党が、ことし春に作成した党綱領には、原案にあった「左派」とか「リベラル」「中道」が消え、「生活者」「納税者」「消費者」「働く者」に代わった。リベラルと呼ばれることに若手議員から反発があったという。
一方自民党ではこれまで「保守リベラル」とか「ハト派」「護憲派」を自任する勢力が存在感を示してきた。その中心的な存在が池田元首相の宏池会(現在は岸田派、文雄外相)の流れで、この系譜に大平正芳、鈴木善幸、宮沢喜一ら元首相がいた。武器輸出3原則の堅持、集団的自衛権の行使や憲法9条の改正には慎重だ。鈴木の初出馬は日本社会党である。田中角栄首相の系譜は、田中首相が国交正常化を実現したことから日中関係を重視した。三木武夫元首相も「中道左派」「護憲派」などと呼ばれた。これに対して安倍首相の母方の祖父、岸信介、福田赳夫両元首相らのタカ派の流れがあり、主導権を争ってきたが、小泉純一郎政権のころからタカ派の台頭が著しい。
先だって野中広務元官房長官、自民党の古賀誠元幹事長、仙谷由人元官房長官(民主党)がテレビ番組で、「96条改正とはとんでもない。戦争の悲惨さを知っている最後の世代として憲法を引き継ぎたい」と語った。野中氏らのメンバーは尖閣列島問題で、訪中して棚上げ論を中国側に伝え、日中関係打開の糸口を探ろうと模索する。河野洋平元衆院議長や加藤紘一元自民党幹事長らリベラル派が相次いで政界を去るなど、リベラル勢は劣勢を免れない。
こうみてくると、リベラルの再生といっても容易ではなさそうだ。しかし間もなく4000万人が65歳以上という少子高齢化社会に入る。財政のバラマキが続けていいものかどうか。年収200万円以下の人が総労働人口の34%を占める。来春大学卒予定者の3人に1人は不安定な非正社員である。リベラル勢の取り組むべき課題は少なくない。大企業はグローバリズム経済で、国境の壁を越えて世界に広がっているのだから、労働組合も企業別の狭い視野でものを見ないで、ヨーロッパの労働組合のように、原発とか平和、雇用、人権、貧困などではアジアの国々の仲間と国境を越えて連帯を探ってもよいのではないか。手っ取り早いところでは、韓国や台湾の労組と雇用や賃金、平和、環境、右傾化などで議論してもする機会があるのではないか。
東日本大震災の岩手や福島の被災地では、若者や学生の民間非営利団体(NPO)の活動が活発で、これを都市と農村をつなぐネットワークに組織化するグループも現れた。その過程で「憲法」を軸にリベラルの立て直しや再結集を促す空気が出てくるかもしれない。リベラルが掲げてきた思想、信条の自由とか平等、公平、平和、安全などは人類普遍のテーマであり、こうした価値を軸にリベラルの再生が急がれる。
栗原 猛(埼玉新聞特別編集委員 元共同通信記者)