▶ 2013年12月号 目次
世界の潮流は「知る権利」の拡大 ― 透明性こそ民主主義の核だ
栗原猛
参院で審議が始まった特定秘密保護法案について、国際的に懸念が広がっている。というのは欧米ではどこも、個人のプライバシーは守りながら、「国の情報を知る権利」を拡大する方向にあるからだ。
特定秘密保護法案について、国連の人権理事会は 「法案は、秘密の範囲が非常に広くてあいまい」と指摘。「 秘密を内部告発したり、報道したりする人たちにとっても、深刻な脅威となる要素を含んでいる 」「透明性こそ民主主義の核をなす条件だ」と批判する声明を発表して、日本政府に情報の 提供を求めている。経済の先進国が民主主義の原点である「知る権利」で、こうした指摘を受けるのは異例であり、名誉なことでない。
ニューヨーク・タイムズは、国民の「知る権利」や、「秘密」の定義が曖昧なので、日本政府は都合の悪い情報をすべて隠すことができる。なぜならば秘密の定義が明らかでないからだ。また秘密保護期間は無制限に延長できるので、政府の説明責任は縮小するだろうとも指摘する。
見逃せないのは安全保障会議(日本版NSC)と絡めて危惧している点だ。NSC法では、北朝鮮と中国を同列に置いて中國・北朝鮮部局を設けているが、これはアジアに紛争の火種をまくだけでなく、日本に政府に不信感を強めることになるのではないかと、強い懸念を示している。「防衛機密」の権限を持つ防衛省は、2006年から2011年に5万5000件の機密指定を行い、3万4000件が破棄。解除されたものはわずか1件にすぎない。「知る権利」は、全く顧慮されていないと指摘する。
安倍首相は国会答弁などで、「第3者的機関」とか、秘密保護体制の運用当事者である首相が担当大臣をチェックする」と答弁している。しかしこれは例えは悪いが、ドロボーに金庫を預けるようなもので、やりたい放題にしたいという底意が透けている。
日本のメディアはあまり報道していないが欧米各国は「知る権利」を広げる方向にある。米国では一定期間が過ぎると、機密を格下げしたり原則25年で公開する。また独立行政機関として強い権限を持つ情報保全監察局が、内容の指定や解除勧告を出している。したがって、日米間で秘密だった沖縄の核密約や米中央情報局(CIA)の自民党首脳への資金援助などが、米側で先に明らかになり、日本の国会で大騒ぎになるというケースが少なくなかった。
また米国では大統領や閣僚経験者は辞めた後、詳細な回顧録を書くという伝統がある。その際、任期中に知り得た機密情報を引用する。米中国交回復のきっかけになったニクソン大統領、キッシンジャー大統領特別補佐官と中国トップとの会談内容を公表した「キッシンジャー最高機密会話録」、ベトナム戦争の反省を公表したマクナマラ国防長官の「マクナマラ回顧録」、アジアの通貨危機や米財政赤字の解消に大ナタを振るったルービン財務長官の「ルービン回顧録」などは、現代史の資料の点からも価値が高い。
いずれも秘密が解かれる以前の情報やデータなどが、ふんだんに使われている。政治や行政は国民の税金で行っているのだから、知り得た国家情報はできるだけ早く広く国民に還元するという民主主義の精神が貫かれている。だからこそ為政者と有権者の理解も深まるのだろう。職場で知った秘密は墓場まで持っていくというのは通用しないのである。
こうした土壌がある上に米国では「情報自由法」「過剰機密削減法」で機密を減らし公開する努力をしている。秘密主義の強いといわれた英国でも秘密情報公開までの期間、「知る権利」」にこたえ仕組みを検討中だ。ドイツでは2012年に「報道の自由強化法」が施行された。この法律でジャーナリストを機密漏えい罪で逮捕することは不可能になった。フランスでも2010年に「情報源の秘匿」を強化する改正が行われ、メディアに対する捜査を制限し、記者が法廷で情報源を秘匿することを認めた。こう見てくると、日本は世界の流れから大きく外れているといわざるを得ない。
そこで思い出されるのが、機密の扱い方について後藤田正晴副総理(故人)の伝言である。後藤田氏は警察庁長官を経て、内閣官房副長官、中曽根内閣の官房長官、宮沢内閣の副総理を務め、情報の収集や管理、情報の重要さについて一家言あった。
秘密とか機密と言っても明日の朝まで秘密を守られなければならないもの、1週間、1年、10年などとある。また機密でも多くの公開情報を精査すればわかるものが少なくない。30年も秘密を保たなければならないものは10%もないのではないかと言っている。安倍政権も温故知新、歴史の流れに竿を差すのではなく、「知る権利」拡大や「機密削減」の潮流に足並みをそろえることが大事ではないか。
栗原猛(埼玉新聞特別編集委員・元共同通信政治部記者)