▶ 2014年1月号 目次
狼がやってくる? ーこれから一年のアベノミクスー
陸井 叡
昨年の5月23日、東京証券取引所で株価が暴落した。この日、一瞬ではあったが、過去の暴落にはなかったある恐怖が市場関係者の背筋を凍らせた。
暴落の原因の一つが日本国債の金利急上昇(価格の急落=暴落)だったからだ。
日本国債の金利急上昇とは、別の表現をすると"日本売り"とも言われ、これまでアメリカなどのファンドが幾度と無く仕掛けては失敗してきた。彼らの挑戦に対して日本国債の金利はビクともしなかったからだ。これまでほぼ10年に渡って繰り返された「日本国債は暴落する」という彼らの声は"狼少年の叫び"として相手にされることはなかった。
さて、安倍政権は2年目に入った。そして、アベノミクスも好調のようである。東京証券取引所一部上場企業の時価総額は、民主党政権当時、260兆円程度だったが、安倍政権になって420兆円へと8割近くも増えた。東京都心では高額のマンションが、デパートでは豪華な宝石が、また、高級外車もよく売れている。ほぼ20年も続いたデフレよさよならインフレよ今日はという事らしい。
安倍政権は既に今年4月からの消費増税を決定しており、来年度予算案も
これまでになく大型(総額97兆円)のものとする方針をきめている。消費増税による財政再建、大型予算による景気回復が同時に進むと強気の構えだ。
だが、このシナリオが安倍首相の思い通りには進むまいとみる専門家も多いようだ。例えば、アベノミクスが最も期待する賃金(厚労省統計・現金給与総額)は、この一年で増えるどころか、むしろ減少した。又、確かにインフレ(物価の上昇)は進行したが、その理由は、LNG・石油などのエネルギー資源や小麦などの輸入物資が値上がりしたためである。結果として、電気料金、パンなどの生活関連のサービス、物品の価格が上昇するコストプッシュインフレ、いわゆる”悪い"インフレが進んでいる。安倍政権が思い描く成長産業が国内で発展し、生産・雇用・賃金が伸びるデマンドプルインフレいわゆる”良い"インフレではない。背景には、この一年で急激に進んだ円安がある。
安倍政権は発足からまもなく日銀総裁に黒田東彦前アジア開発銀行総裁を抜擢した。黒田氏は就任とほぼ同時に、安倍首相の意に沿う形で、昨年4月4日”異次元"の金融緩和に踏み切った。
”異次元"というのはマネタリーベース(市中に流通するお金)を今後2年間で二倍にするという点だった。具体的には、民間銀行がもつ日本国債を毎月7兆円、2年間買い上げ、お金(代金)を市中に流す、いわば、円資金の"ばらまき" 大作戦だ。昨年2月、129兆円だったマネタリーベースが2014年末には270兆円になるという。
外国為替市場では、この”異次元"を受けて円安がたちまちのうちに進だ。街の銀行の窓口では、安い円を売って、高いドルなどを買う人々の長蛇の行列がみられた。安部首相はこれで公約通り円高が終わってデフレが終息すると、政権の幸先のよさををアピールした。だが、円安には”悪い"インフレだけではなく、もう一つ副作用が隠くされている。それは、昨年5月3日に一瞬、垣間見えた日本国債の金利上昇だ。この日、それまで年0、5%程度で推移していた10年物国債の金利が、一時、1%までかけ上がった。
"日本売り"を仕掛ける海外ファンドは、これまで日本政府が抱える巨額の負債(日本国債)の返済、特にその利払い(利息の支払い)の継続が可能かどうかを疑ってきた。統計によると、日本国債の発行残高は1986年145兆円、利払いは年10兆6000億円だった。そして、今年度の残高は750兆円だが利息は年9兆9000億円だ。利払い額は、27年前とほぼ変らない。これは、国債残高が増えても金利は下がり続けてきた事を意味している。円高に象徴される日本経済の強さが背景にる。日本と同じように巨額の政府債務を抱えてファンドの売り浴びせにあい、金利が昨年35%を超えたこともあるギリシャ国債と対比するまでもなく、日本国債の金利の低さは世界の"奇跡”とまでされてきた。もし、日本国債の金利が急上昇しても、まさかギリシャほどにはなるまいと思いたいところだ。
だが、一方、これまでの日本を考えると信じがたい事ではあるが、今後も急速に円安が進展すると、日本の銀行も、又、円預金を持つ一般の日本人も、海外ファンドンと並んで、円売り"日本売り"に走るのかもしれない。
アベノミクスは、今年4月から増税による景気減速に突入するが、大型予算、そして、成長戦略で乗り切れるとしている。しかし、肝心の成長戦略はまだ見えない。 そうした中で、”異次元"が続き、益々円が安くなってゆくとすると、海外ファンドが待ちに待った国債暴落、つまり"狼"が姿を現すのかもしれない。
叡Office代表 陸井 叡 (元NHK記者)