▶ 2014年3月号 目次
東京都知事選挙から見えたこと(上)
橋本大二郎
元首相のコンビが掲げた脱原発の旗が話題を呼んだ割には、あまり盛り上がらない都知事選挙だったが、その結果に目を凝らして見ると、いくつか考えさせられることがあった。そこで、元首相と同じく負け組に回った、宇都宮、田母神、家入の三候補の選挙戦から、自分が感じ取った時代のメッセージを書きとめてみた。
このうち、宇都宮さんの選挙戦を通して考えさせられたのは、今の時代に求められるリベラルとは何かということだった。というのも、今回の候補者の中では宇都宮さんが、リベラルの一翼を担う存在だったと思うからだが、まずは、そもそもリベラルとは何かを考えてみた。
安全保障の分野では、アメリカ一辺倒にならず、中国や韓国をはじめ東アジアの諸国とも仲良くやっていこうというのが、リベラルのイメージだろう。また経済政策では、所得の低い人たちへの配分を増やすことで、貧しい層を引き上げると同時に、それによってマクロの消費を拡大していくといった考え方ではなかろうか。と考えると、これらの政策は確かに、わが国を取り巻く国際的な環境に大きな変化のない時代には、保守に対抗する軸として成り立っていた。
しかし、経済がグローバル化している今、低所得者層への手厚い配分と、グローバル化の中での企業の競争力の維持にどう折り合いをつけるのか、従来からのリベラル派は、答を持ち合わせていない。
また、東アジアの情勢が緊迫の度を増す中で、保守派は、憲法改正や集団的自衛権の容認など具体的な対応策を提言しているが、リベラル派は、何十年も使い古した言葉で平和の大切さを説くだけで、多くの国民が感じている不安に応えようとはしない。若い層から見れば、上から目線のインテリの、お題目としか映らないのではないか。
その対極が田母神さんの獲得した61万8千票で、全国紙の出口調査では、20代の有権者の4人に1人が田母神さんに投票していたと報じられると、日本の右傾化、特に若い世代の右傾化がささやかれた。しかし、背景はそれほど単純ではないだろう。
例えば、雇用環境を見れば、その4割近くは非正規の社員で、正社員との間には、1.5倍から2.5倍の賃金格差があるから、派遣労働者の8割近くは、年収が3百万円未満という状況だ。この環境は、次の世代の子供たちにも投影されていて、先日の文科省の発表では、給食費や学用品代などを免除される就学援助を受ける子供は、小・中学生の6.4人に1人にのぼっている。
こんな状況に置かれた子育て世代に、リベラル派は投げかける言葉を持ち得ていない。その一方で政権与党は、派遣労働の制約を緩める方向で法改正に取り組んでいるから、行き場に迷う若い層が増えても不思議ではない。
さらに、多くの国民は、中国の対応は危険水域を超えていると感じているし、韓国の現政権の対日政策にも疑問を感じているだろう。となると、日本人が右傾化したというよりも、中国と韓国の姿勢が大きく左側に動く中で、遥か右側にいた田母神さんが、中央のあたりまで引っ張り出されてきたということではなかろうか。(下に続く)
橋本大二郎(慶應義塾大学特別招聘教授・元高知県知事)