▶ 2014年3月号 目次
東京都知事選挙から見えたこと(下)
橋本大二郎
そんな中、独自の戦いの感のあった家入さんは、IT企業の経営者なので、初めのうち自分は、ネット選挙のコンサルとしての市場開拓が狙いだろうかと、色眼鏡で見ていた。しかし、ツイッターやブログに書き込まれた内容はいたって真面目で、「政治との間にある断絶を埋めたい」とか「選挙に出れば批判されるのはわかっているが、それを怖れて何もしないでいいのか」といった言葉は、23年間に僕が初めて、高知県の知事選挙に出馬した時の思いと重なり合うものがあった。
「生きづらい人のための居場所づくり」などやりたいことも明確で、それに向けた戦略と戦術も用意されていた。勝手な買いかぶりかもしれないが、新しいリベラルの芽は、こうしたところに宿っているのではないかと感じさせられた。
そんな都知事選挙を勝ち抜いた、舛添さんにとっての最大の勝因は、アベノミクスの預金残高の高さだったろう。というのも、アベノミクスの恩恵はいまだに、大企業や富裕層にとどまってはいるが、多くの国民が、明るさと期待感を感じているのは確かで、それが高い支持率という預金残高につながっている。
経済が良ければ、政治的課題はさしたる争点にはならないので、元首相コンビが掲げた旗に風が吹かなかったのも、それが最大の要因だったと思うのだ。
となると、次の国政選挙は、2016年夏の参議院議員選挙で、その年の暮れに任期切れを迎える衆議院との同日選挙だろうし、その次は2019年夏の参議院選挙なので、一年後にオリンピックの開催を控える中で、再びダブル選挙でとなりかねない。
つまり、今回の都知事選挙で、脱原発の風を吹かさなかったという都民の判断は、オリンピックまではこのままでもいいかという漠然たる民意を、政権側に感じ取らせた可能性がある。
その流れが変わるきっかけの一つは、アベノミクスの三本目の矢、成長戦略が的をはずれて預金残高が大幅に目減りをした時だし、もう一つは、移りゆく国際環境とも整合性を保てる、安全保障と経済の政策を持った新しいリベラルが台頭した時だ。
家入さんには、そこまでのカリスマ性は感じられないので、その担い手は、我々にはまだ見えてはいない。しかし、2007年のオバマがそうであったように、どこに、その萌芽があるかはわからない。また、それがなければ、しかるべき敵を失ったわが国の保守は、東京オリンピックに向けて、世界の異端になっていくかもしれない。
そんな、危険な夢を思い描かせた都知事選挙だった。
橋本大二郎(慶應義塾大学特別招聘教授・元高知県知事)