▶ 2014年5月号 目次
「医療とカネ」の問題をもっと報道すべき(上)
隈本邦彦
2014年4月、世界最大手の製薬企業の一つノバルティスファーマ社の日本法人の社長が解任され、新たに外国人社長が就任した。ご存じのとおり去年から今年にかけて相次いで発覚した高血圧治療薬「ディオバン」と白血病治療薬「タシグナ」をめぐる一連の臨床研究不正問題の責任を取る形での社長交代劇である。
4月4日付の朝日新聞によると、ノバルティスファーマ・スイス本社のエプスタイン社長は社長交代の発表会見で、研究不正が相次いだ背景として「患者より医師を優先する日本特有の慣行があった」と指摘した。そして新社長は、大学の医学部等に毎年贈っている「奨学寄付金」も日本特異のものであるとして、すべて一時的に停止した。私としては、このことは1面トップ級の大ニュースだと思ったが、各社の扱いは、社長交代を伝える記事の中に数行触れている程度で小さかった。
奨学寄付金とは「学術研究と教育の奨励」の目的で大学等の教育機関に贈られる金。形式上は大学当局に対する寄付だが、特定の教室・研究室を贈り先に指定することもできる。製薬会社から医療界に贈られる奨学寄付金のほとんどは、特定の教室を指定して行われている。使い途は限定されていないので、自由に使えるありがたい金だ。
私がNHK記者として医学部の取材を始めた1980年ごろは、各教室あてに製薬会社から直接寄付が行われていた。当時、国立大学の教授は公務員。「職務に関し金を受け取る」ことは収賄罪になるおそれがある。そこで少し透明性を高めようということで、この奨学寄付金の制度がスタートしたのである。金はいったん大学の本部に入って大学内のルールで経理処理される。しかし使途を決めるのは寄付を受けた教室なので、実質的にはほとんど変わらず「先生たち方が自由に使えるおこづかい」である。
ではその金額はどれほどのものなのか。その全容は長い間不明だった。それが2013年度に変わった。日本の大手72社でつくる日本製薬工業協会が、「透明性ガイドライン」に基づいて、奨学寄付金をどの大学のどの教室にいくら寄付したか、各社のウエブページなどで公開を始めたのである。
毎日新聞が各社の公開データを丹念にまとめ、その総額を明らかした。4月6日付の記事によると、2012年度に72社から大学医学部等に贈られた奨学寄付金の総額は346億円に上っていた。
346億円と聞いてもピンと来ないかもしれないが、もしこの金額を1万円札の札束として積み上げると高さ約346m。東京タワーよりも高くなる。(下に続く)
隈本邦彦 (江戸川大学メディアコミュニケーション学部教授 )