▶ 2014年5月号 目次
「医療とカネ」の問題をもっと報道すべき(下)
隈本邦彦
思えば、前東京都知事の猪瀬直樹氏が辞任したのは、5000万円を無利子無担保で借りたためだった。初対面で多額の現金を貸してくれた徳田虎雄氏のことを猪瀬氏は「親切な人だと思った」と評して周囲の失笑を買った。すなわち世間の常識としては「何にも見返りを求めずに無利子無担保で多額の現金を貸してくれる“親切な人”などいないはず」であり、そこをうまく説明できなかったために猪瀬氏は辞任に追い込まれたのである。
それなのに、全国の医師たちが製薬会社から「借りている」のではなく「貰っている」金額が年間346億円に上るのだ。猪瀬知事が692回辞任しなければいけない金が毎年毎年ふつうに支払われているという現実。これは看過してはならないのではないだろうか?
実際に、冒頭に紹介したノバルティス社のスキャンダルでは、ディオバン事件にからんで国公立私立の5大学の教室に総額11億円超の奨学寄付金が支払われていた。これが一部データねつ造や改ざんが疑われた研究不正の背景となっていたことは間違いない。さらにタシグナ事件の調査委員会は、研究に参加している 22 施設のうちの10 施設に対して奨学寄附金が贈られていた事実を認定した上で、その実態を次のように評価している。
“奨学寄付金の提供を開始するにあたり、医療機関等に対しては 5、6行の「研究概略/簡単な内容」などが記載された A4 二枚の「研究活動に対する助成依頼書」の提出を求めるだけに止まる。
また、その使途の事後的なチェックも、医療機関等から、A4 一枚の「研究活動に対する助成結果報告」を提出してもらっているだけにすぎず、領収書その他の資料の添付を一切予定していない。
このように支出の制約がなく手続も簡易なことから、営業現場では、奨学寄附金を営業活動の手段または医療機関に MR (筆者注・製薬会社の営業マン)が出入りするための前提として用いていることがうかがわれる。”
そして同調査委の報告書はこう続けられていた。
“一部の医療機関等から、露骨な奨学寄附金の要求が行われている事実がうかがわれる記載を含む資料もあった。こうしたことからも、医療機関等が製薬企業に財源的に依存している実態がうかがわれるところである。”
報道機関は、一度立ち止まってこの問題を考えるべきではないだろうか。なぜ営利企業である製薬会社が医学部に多額の現金を寄付し続けるのか。彼らはそんなに“親切な人”なのか?
政治とカネの問題の追及がジャーナリズムの役割であるように、この医療とカネの問題についても、もっと大きな取材のエネルギーをつぎ込んでほしいと思う。
隈本邦彦 (江戸川大学メディアコミュニケーション学部教授 )