▶ 2014年5月号 目次

STAP細胞問題 社会常識の欠如が生んだ病だ

木村良一


 何がSTAP(スタップ)細胞の論文不正問題を引き起こしたのだろうか。背後に潜んでいるものは何なのか。新聞やテレビは研究費獲得のための行き過ぎた成果主義や、研究者に対する倫理教育の欠如などを指摘している。それはそれでその通りだとは思うのだが、STAP細胞問題を自分なりに考えていくと、医療事故で大学病院を取材したときに感じたのと同じ思いにぶち当たる。
 それは「医学界の常識は社会の非常識、社会の常識は医学界の非常識…」という問題だ。お医者さんの世界は私たちの社会とかけ離れて社会常識が通用しないところがある。医学界の腐敗を鋭く追及した山崎豊子の小説『白い巨塔』を思い出してもらえればよく分かるだろう。
 医師に社会常識がないとはいえ、医学は患者がいなければ成り立たない。患者あってこその医学であり、医師は患者を通じて社会とつながっている。
 それに比べ、同じ専門家でも理化学研究所の小保方晴子氏のような研究者はというと、終日ラボ(実験室)に引きこもって実験を続け、その成果を実験ノートにとる作業の繰り返しだ。一般社会から隔絶した環境の中で研究を強いられる。その結果「研究者の常識は社会の非常識、社会の常識は研究者の非常識」という病に追い込まれる。患者を治療することで社会とつながる医師の世界とは違い、ラボの世界では外界との交わりがなく、社会の常識など通用しない。
 ここでSTAP細胞のこれまでの経緯を簡単に整理しておこう。今年2月以降、小保方論文の画像や記述内容に不自然な点があることが、インターネット上での指摘で相次いで判明し、理研が調査に乗り出し、理研の調査委員会が3月14日に中間報告を発表した。その後、4月1日の最終報告で2つの事項について不正(捏造や改竄)があったと断定された。
 まず捏造と判断されたのは、STAP細胞がさまざまな細胞に分化する万能性を持つことを示す画像だった。調査委は小保方氏が3年前に早稲田大学に提出した博士論文に関連した別の実験画像から流用されたものだと認定した。これに対し、小保方氏は4月9日に記者会見し、「間違いは結論に影響しない。実験は確実に行われ、データも存在する」と反論、「単純ミスで不正の目的も悪意もなかった」というこれまでの主張を繰り返した。