▶ 2014年5月号 目次
NHK経営委員会-今、何が議論されているのか-
神室 南
1961年、小津安二郎監督が製作した映画「小早川家の秋」には、原節子のこんなセリフが登場する。「品性の悪い人だけはごめんだわ。品行を直せても品性はなおらないもの」義妹役の司葉子から結婚相手について相談されてこたえたものだ。
今年2月NHK会長に就任した籾井勝人氏にはいきなり最初の記者会見で多くの問題発言があった。なかでも、従軍慰安婦について戦時には何処にもあったと述べただけでなく、オランダの“飾り窓の女”が何故今も存在するのかと何の躊躇いもなく語り、これを知った海外を含む多くの人々がその品性に疑問の目を向けた。
さて、その人をNHK会長に選任したのがNHK経営委員会である。民間企業に例えると経営委員会は取締役会にあたる。そして会長以下の理事は業務の執行を担当する執行役員である。経営委員会は会長・理事を監督・監視し、人事では会長の選任・罷免 及び理事の選任・解任について同意・非同意の権限を有する。
では、経営委員会ではどんな議論が行われているのか。関係者の話や記者会見の内容をもとに先月(4月)22日に行われた委員会を“再現”してみる。この日は理事4人の人事がテーマだった。籾井氏は2人を再任、うち1人を専務理事・放送総局長に抜擢 、残る2人を退任させて新たに2人の理事の新任について委員会に同意を求めた。
ところが、委員会は“大荒れ”となった。4人の理事の任期が3日後に迫っており、謂わば、いきなりの提案だった事、更に再任理事の抜擢を含む理事の担務変更についてもこれまでの慣行を無視して委員会に事前の説明がなかったとして複数の委員が厳しく批判した。
籾井氏は人事が漏れることを恐れて委員会まで伏せたこと、理事の担務変更は会長の専権事項だと反論したが、人事はこれまで数日前に委員会に通知されていた事、又、理事(執行役員)の担務変更は当然人事と一体のものであり委員会同意の対象となるとする複数委員との間で激しいやりとりが続いた。
結局、委員長のとりなしで委員会としては同意となったものの、2人の委員が不同意を取り下げず、事実上の多数決となる異例の事態だった。
ところで、委員会は今回の“いきなり提案”については、今後は改めるようにという申し入れを会長にしたが、この点について委員会終了後の記者会見で「また申し入れですか」という皮肉が記者団からでた。委員会はこれまでにも会長発言問題などで注意や申し入れをしているからだ。
さらに、記者会見では「会長による人事権の乱用は今回は無かったのか」という質問も記者団から飛んだ。問題の会長就任会見の直後、籾井氏が理事の辞表を集めていたという出来事があったからだ。委員長は「聞いていない」と答えた。だが、実は、籾井氏が委員会前、2人の専務理事に対し辞表の提出を迫ったものの拒絶され引き下がっていたことが翌23日には表面化する。経営委員会は籾井氏から相手にされていなのではないかという声さえ出始めた。
こうした中、関係者の話しを総合してゆくと、意外にも、籾井氏がNHK会長にふさわしいと信じている経営委員は、実は“限りなく”少ない。矢張り籾井氏の品性が災いしている。では、彼は何故ここまで強行突破してきたのか。多くの関係者が指摘する通り籾井氏は安倍政権によって選ばれた。だが政権お目当ての候補者が全てと言って良いほど引き受けない中、時間切れを迎え“意に沿わない”人物でもとなってしまったようだ。そして経営委員会には政権に近い人物が多く送り込まれ問題があっても乗り切れると見ているようでもある。籾井氏は籾井氏で政権がついていると、経営委員会の足元を見透かしているようだ。
NHKの平成26年度予算はなんとか成立、NHKを巡っては国際放送の拡充、インターネット放送への取り組みについて法案の審議が今月(5月)から予定されている。しかし、総務省には何が飛び出すか判らない籾井氏の国会出席を減らすためとして審議を先送りしようとする動きもあるという。どうやら、NHKの本来業務の遂行にさえ支障が出始めている事に政権は何の痛痒も感じていないようだ。
神室 南(ジャーナリスト)