▶ 2014年6月号 目次
大飯原発差し止め判決 ー立地自治体、電力業界への波紋ー
佐々木宏人
「この門をくぐる者は、一切の希望を捨てよ」というダンテの神曲の言葉を冒頭に掲げた新書が売れている。すでに7万部も出ているという。
ついこの前まで現職裁判官で出世コースといわれる最高裁判所事務総局にも勤務した瀬木比呂志明治大学法科大学院専任教授の書いた「絶望の裁判所」(講談社新書)だ。裁判所内部の情実人事、権力闘争、政府寄りの思想統制、そしてセクハラ、目を覆う信じがたい実情を暴露したものだ。
「裁判は最後の砦、正義は勝つ!」という常識を木っ端微塵に砕く、裁判所の門をくぐる人は「一切の希望を捨てよ」というのだ。
5月21日、福井地裁は、関西電力大飯原子力発電所の運転再開差止め訴訟について「運転再開差止め」を命じる判決を下した。関西電力にとっては文字通り「一切の希望を捨てよ」ということになる判決だ。現在16の原発、再処理工場などで26の「差し止め訴訟」を抱える電力会社などにとっても、この判決の与える影響は大きい。もちろん関西電力は名古屋高裁金沢支部に控訴したが、「門を叩きなさい、そうすれば(再稼動は)与えられる」(聖書)という具合にはいきそうもないというのが、法曹関係者の見方だ。
この判決の影響力はどのくらい大きいのだろうか。具体的には原子力発電所をストップできるのは、原子炉等規制法による原子力規制委員会だけだ。現在、関西電力は大飯原発の再稼動申請を同委員会に出している。恐らく同委員会はこの判決を尊重せざるをえず、再稼動認可はズルズルと長引く可能性は否定できない。「数年かかる最高裁までの裁判になるでしょう。この間に関西電力は控訴審判決前までにも規制委の再稼動認可が出れば、再稼動に踏み切りたいでしょうが―、地元自治体などの関係がすんなりいくか」と電力関係者は気をもむ。同社は2014年度3月期決算で原発ストップ、代替燃料費の購入で三年続きの千億円に近い赤字決算、原発再稼動がなければ昨年に続いての値上げも必至となるだろう。この判決の与える影響は大きい。
すでに反・脱原発派からは、「この判決を額に入れて飾っておきたい」などという判決文を賞賛する言葉がネット上では飛び交っている。
判決文を読んでみた。
不思議なのは、福島事故の第一の原因となった津波の原発に与えるリスクについてほとんど言及していないことだ。全ての差し止めの根拠になっているのは、地震の際の建物などにかかる瞬間的な力であるガルについて分析している。
「被告(関西電力)は1260ガルを越える地震が来ない限り、炉心損傷に至らず、大事故には至らない」と主張しているが、「我が国で記録された最大の震度は4022ガル、1260ガルを越える地震は大飯原発に到来する危険がある」
しかし原子力工学会の専門家は、「これまで想定を超える地震が、原子炉を襲ったことが日本では5回ある。いずれも致命的な損傷を負っていない。福島事故の政府事故調、当学会の行った事故原因調査でも、地震ではなく津波による電源の損傷が原因と分析されている。ほぼこれが原因というのは定着しているのでは―」と指摘している。津波被害防止については、すでに原子力規制委員会の新基準に合わせ、止水ドア、防潮堤などの対策工事が進んでいる。勘ぐれば同委員会での大飯原発の再稼動問題では、もっぱら活断層の有無による耐震強度の問題に焦点が絞られていることを踏まえ、津波問題はパスしたかのようにも読める。
さらにこの判決の通奏低音とも言うべき考え方は、科学技術にゼロリスクを求めていることだろう。「(原子力発電所が)招く具体的危険性が万が一でもあれば、その差止めが認められるのは当然ある」と言い切っている。
判決には一段と厳しい踏み込んだ文章が出てくる。原子力発電所がストップしているための燃料費の輸入による国富の流失や喪失は「これを国富の流失や喪失というべきではなく」、CO2の排出削減は「環境問題を原子力発電所の運転継続の根拠とすることは甚だしい筋違い」とまで言い切っている。
そして原子力発電は事故を起こした場合、人間の生存を基礎とする人格権を侵害する―ゆえに大飯原発の運転差止めは当然という論理構成になる。
しかしここまで言い切っていいのだろうか。福島事故の教訓を踏まえて原子力規制委員会がスタートし、新しい規制基準「世界一厳しい基準」といわれているがそれはさておき、この基準に基づいて再稼動の審査が行われている最中だ。大飯原発についても活断層との関連で耐震性の問題が議論されている。
極めて高度な科学技術知識を要求される原発について、原子力規制委員会の再稼動に認可に明確な瑕疵がある点を裁判で争い、これについて判断を下すということが司法に求められているのではないだろうか。
ジャーナリスト佐々木宏人(元毎日新聞記者)