▶ 2014年6月号 目次
国立競技場、サヨナラはまだ早い(上)
中島みゆき
2020年東京五輪・パラリンピックの主会場となる新国立競技場建設について、7月に予定されている解体工事を前に再び議論が高まっている。5月12日には日本を代表する建築家の一人、伊東豊雄さんが現競技場改築による代替案を発表。23日には日本建築家協会(JIA)が解体工事に着手しないよう求める要望書を東京都知事と文部科学大臣、日本スポーツ振興センター(JSC)理事長宛てに提出した。一方JSCは28日、予定より2カ月遅れで将来構想有識者会議に新競技場の基本設計案を提示し了承を受けた。現競技場ではサヨナライベントが行われ、規定方針のように建て替え計画が進むようにも見られる。しかし専門家や市民の疑問に対してJSCや審査委員長である安藤忠雄氏から十分な説明は未だない。現競技場をこのまま解体してよいのだろうか。
■〝建築界の王・長嶋〟が反対
「(計画プロセスに)『市民誰もが参加できる』とされていながら情報開示が少ない。(建物の機能や規模などへの疑問について)コンペ応募者の立場から語れることもあると思った」。5月12日、満席の津田ホール客席に向けて伊東豊雄さんはこう切り出した。伊東さんは2012年、新競技場のデザインコンペに参加し最終選考に残ったが、イラク出身の建築家、ザハ・ハディドさんの案が選ばれた。その後、公共建築でありながら情報がほとんど公開されないことに不信感を抱いたことなどから「今となっては改修案がベスト」と、改築案を発表した。
伊東さんの改築案は現スタンドの一部を削って絵画館と反対側に2段または3段の観客席を増設し約8万人の収容能力を確保するもので、コストは建て替えの「半分程度で済むのではないか」という。伊東さんは東日本大震災後、東北各地に「みんなの家」を住民と話し合いながらつくり、新たな建築のあり方を提起している。この日も「21世紀の建築はいかに自然の力を利用して自然を破壊しないかが最大の課題」と語り、建て替え計画について「被災地の防潮堤建設とパラレル。説明がなく住民がいらないというのに造る。できたところに人はいない。それと同じ」と不透明なプロセスを批判した。
新国立競技場の建設計画については昨年8月、世界的建築家の槇文彦さんが論考「新国立競技場案を神宮外苑の歴史的文脈の中で考える」を発表。現行案の巨大さや周辺の景観や歴史的文脈に合わないことなどについて疑問を投げかけ、見直しを求める声がわき起こった。この伊東さんの代替案発表により新国立競技場建設をめぐる議論は、野球でいえば9回裏2アウトで往年の王貞治、長嶋茂雄両選手が打席に立つような状況となっている。
中島みゆき(毎日新聞記者)
写真=現国立競技場の改修案を発表する伊東豊雄さん(5月12日・東京津田ホール)