▶ 2014年6月号 目次
国立競技場、サヨナラはまだ早い(下)
中島みゆき
■問題山積の「基本設計」
こうした疑問に対して、28日に公表された「基本計画」は、誠意をもって応えているとは言い難い内容となっている。まず国民負担に直結する積算工事費は、2013年7月時点の単価に基づくもので、消費税率5%で計算されている。本体1338億円、周辺整備(敷地内のみ)237億円、計1625億円と、当初コンペ要件1300億円に近づけた数字が示されたが、実際は現競技場の解体費67億円と消費税増加分約50億円が加わる。資材や人件費の値上がり分や敷地外の周辺整備費を織り込めば、総額は軽く2000億円は超えるだろう。この上に維持費がかかる。
多くの市民が危惧している景観との調和についても、説明図に誤りが指摘された。建築史家の松隈洋さんによると、JSCが公開した資料に絵画館側から見た高さのイメージ図が掲載されているが、現競技場の高さが実際は23.43メートルであるところが、約31メートルとなっている。松隈さんは「『周辺環境との調和』ということを説明するために極めて重要な図面に間違った数値が記入され、図面も不正確なものになっている。これでは根拠自体の信頼性を守ることはできない」と重く見る。
さらにコンペで選ばれたデザインと基本設計との乖離が、コンペの正当性をさらに揺るがしている。JSCは基本設計発表の2日後にコンペ報告書を公開したが、そこに書かれたザハ案採用の根拠「スポーツの躍動感を思わせるような、流線型の斬新なデザイン」「都市空間とのつながりにおいてもシンプルで力強いアイディア」「可動屋根も実現可能なアイディア」……といった要素は、基本設計のパースや模型からはうかがえない。コンペの必須要件だった「可動式屋根」は、耐火性で劣るポリ塩化ビニル膜(C種膜)を使った「開閉式遮音装置」に置き替えられた。JSC資料に「(屋根)」と付記されているが法律上は屋根ではなく、要件から外れている。
■日本の民主主義が問われている
31日、新国立競技場ではサヨナライベントが開かれ、ブルーインパルスの展示飛行を多くの人が見守った。この瀬戸際になっての基本計画提示、コンペ報告書公開は、こうした一切の疑問や議論を既成事実で封じようという意図があると受け止められても仕方ない。専門家や市民から審査委員長である安藤忠雄氏の説明を求める声が上がっているが、十分な説明は未だ行われていない。
新国立競技場問題は、公共建築のあり方のみならず日本の民主主義の有り様を問うているように思う。2000億円もの税金を投じた上、向こう何十年にもわたり毎年億単位の維持費負担を超高齢化・人口減少時代の現役世代に強いる「国家的プロジェクト」の意思決定において、文科省の外郭団体にすぎないJSCが十分な情報公開もなく、一握りの「有識者」委員会の了承の下、計画を進めようとしている。本当にそれでよいのか。先進国では歴史を持った建物を改修して使い続けることに新たな価値が見いだされている。日本は成熟社会だろうか。
国立競技場を今、解体する必要はない。実施設計までにはまだ時間がかかる。その間3カ月でいい。立ち止まって議論できないだろうか。
中島みゆき(毎日新聞記者)
写真=国立競技場サヨナライベント(5月31日)