▶ 2014年8月号 目次
原発報道、さらなる検証のフェーズへ
中島みゆき
7月初め、慶応大学の学生と東日本大震災報道について勉強する「ミニゼミ」に参加した。そこで「大手メディアは大本営発表に徹し被災者によりそう報道をしなかったのではないか」という趣旨の議論があった。メディアで働く者として震災報道について検証と反省は必要だと考える。その上で各紙報道については、震災から3年以上を経て新たな資料の報道や出版なども続いていることなどから、もう少し深い分析が可能なのではないかという思いもある。試みに発災2日目午後の官房長官会見について簡単な分析を試みた。
■「横並び」批判は妥当か?
新聞は本当に「大本営発表」を「横並び」に伝えたのか。震災直後、各社編集局には莫大な情報が集積していた。どの社も事態の把握と報道に全力を挙げていた。そうした状況下ではむしろ各社の判断の差が紙面に表れるはずだ。特に原発報道については、事故状況の把握や評価が政権との距離によって違ってくるのではないか。そんな仮説の下、2011年3月13日午後に行われた3回(15時28分~、16時50分~、20時00分~)の枝野幸男官房長官会見について、発言内容を要素ごとに分解し、翌14日の朝日・毎日・読売3紙朝刊(東京地区最終版=写真1)がどの要素を書き・書かなかったのかを比較した。
3月13日とは、被害の全容が見え始めてきた時期で、死者・不明者が1万人を超すとの見方を宮城県知事が示している。東京電力福島第1原子力発電所では前日午後に1号機が水素爆発を起こしたのに続き、この日未明には3号機の注水系が停止。海水注入を始めるが水位が上がらない状況が続いていた。また19時50分すぎに菅直人首相が記者会見を開き、計画停電への国民の協力を求めた。
これらを受け14日朝刊で、朝日新聞は死者数が1万人を超すとの見通し、読売は計画停電の開始と影響を1面トップに据えた。毎日は宮城県の女川原発内で基準値を超す放射性物質が検出されたことから放射性物質が福島県外にも飛散していることを指摘し、被爆を避けるよう呼びかける紙面を作っている。
■各紙が伝えたこと・伝えなかったこと
分析の結果、3紙に顕著な違いが見られたのは3号機をめぐる発表内容の扱いだ=写真2。朝日と毎日が給水系統のトラブルや水位低下、冷却機能低下を伝えているのに対し、読売は「水位上昇」など肯定的な要素を主に取り上げ、会見から「万一水素爆発しても支障は少ない」という部分を引用している。
放射線量と安全性についても各社記述が分かれた。朝日は官房長会見から周辺放射線測定値が13時52分に1時間あたり1557.5マイクロシーベルトに達したことを1面で報道した。毎日は女川原発敷地内で基準値を超す放射性物質が検出された事実に「一般市民が広範に被爆するという前代未聞の事態」との識者談話を添え被爆防止策を図解入りで伝えている。これに対して読売は5面で文部科学省による「50ミリシーベルトの汚染は半径数Kmの範囲に収まる」という予測をもとに「今回の放出は微量」とし「CTスキャン1回で6.9ミリシーベルト」との解説記事を掲載した。
14日朝刊全体としては、原発事故についてソースを明確に伝聞形で慎重に伝える朝日と、他県への放射性物質飛散の可能性を指摘する毎日、計画停電や電力不足による経済的影響を重視する読売と対応が分かれた。また、3回目の会見冒頭、計画停電の発表手順をめぐり官房長官が説明する場面があったが、これについては読売のみ「政府・東電、調整遅れも」と5面で3段見出しで伝えており、以後展開される政局報道の端緒が見られる。
■発言の裏側にあったもの
こうした3紙の扱いの違いに加え、同日午後の福島第1原発をめぐる関係者やりとりを掛け合わせると、さらに背景が見えてくる。東電テレビ会議書き起こしや国会事故調査委員会報告書などをもとに朝日新聞記者らがまとめた「福島原発事故タイムライン2011‐2012」(岩波書店)によると、3号機についてはこの日、緊迫した事態が続いており14時43分には水素爆発の可能性について発表することが東電本店・福島第1原発間で合意されたが、その後18時46分には東電の勝俣恒久会長(当時)がテレビ会議で「国民を騒がせるのがいいのか」と政府に圧力をかけており、3回目の会見で爆発への言及はなかった。
以上のように公開資料による簡易な分析を試みただけで、政府が何を発表したか・しなかったか、各紙が政府発表のどこを伝え・どこを捨てたか、新たな分析の可能性が見えてきた。震災3年を経た今、あいまいな概念によるレッテル貼りを越え、より詳細かつ実質的な震災報道の検証が求められているのではないかと考える。
中島みゆき(毎日新聞記者)