▶ 2014年9月号 目次

世界公共放送研究者会議から~メディアの公共性あるいは公共性メディア~

山本信人


 英語にはPublic Service Media(PSM)なる言葉がある。10年ほど前からヨーロッパでは、PSMがメディアやコミュニケーション研究者や事業者のあいだで定着し始めた。それに対してPSMは日本では馴染みが薄い。PSMを公共サービス・メディアと訳してもしっくりこない。そもそもメディアには公共性が備わっているという立場をとると、メディアに公共サービスをつける必要性はないとなる。メディアに重きをおくのか、公共サービスに着目するのか、公共を重視するのかで、PSMの捉え方は変わってくる。それほどPSMには一定の定義がなく、捉えどころのない概念であるということもできる。
さてこのPSMをめぐる国際会議が、去る2014年8月27日から29日に東京で開催された。「PSMと越境化する社会」(Public Service Media Across Boundaries)と題する世界公共放送研究者会議(RIPE)は、NHKと慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所の主催であった。3日間の会議のうち会議初日はNHK千代田放送会館、2日目と3日目は慶應義塾大学三田キャンパスが会場であった。世界30ヶ国以上から100名を超える公共放送、メディア、ジャーナリズムに関する研究者および事業者が集結した。研究部門では、政策とガバナンス、オーディエンス、越境性、ジャーナリズム、放送と通信の融合、途上国のPSM、番組制作と内容という7つの部会が設けられた。
RIPEは会議体の略称で、正式な名称はRe-Visionary Interpretations of the Public Enterpriseなので、直訳的には公共事業を見つめなおす会議体とでもなろうか。そこにはメディアという文字が見当たらない。RIPEの成り立ちは世紀転換期にあった。1990年代末、ヨーロッパ各地に散らばるコミュニケーションやメディア研究者は公共放送の社会的機能の変化を危惧していた。そこで、研究者と公共放送事業者がネットワークを活かし、互いの連携と再検討を模索する会議体を立ちあげた。2002年のフィンランドでの会議を皮切りに、隔年でデンマーク、オランダ、ドイツ、イギリス、オーストラリアと会議を重ねてきた。当初は公共放送、すなわちPublic Service Broadcasting(PSB)に関する会議であったが、通信・情報革新を受けて2008年のオランダ会議からは、PSBからPSMへと呼称を変更した。いまやRIPEはPSM研究の最先端を走るまでになった。
RIPEが公共放送事業者との協働であっても、上記の研究部会テーマからも分かるようにPSM研究者の議論は放送に限定されていない。