▶ 2015年3月号 目次

<シネマ・エッセー> 皆殺しのバラッド

磯貝 喜兵衛


メキシコと言えば、トランペットが陽気に鳴り響くマリアッチの演奏を思い浮かべる。しかし、この映画で流れるのは、あの底抜けに陽気なメキシコ音楽ではなく、バイオレントで刺激的な「ナルコ・コリード」のリズムである。『片手にマシンガン、肩にはバズーカ、奴らの生首はねてやる・・・』と歌詞もすさまじい。そして、スクリーンに映し出されるのは2005年頃から始まり、現在までに12万人の犠牲者を生んだと言われるメキシコ麻薬戦争の生々しいドキュメンタリーである。

メキシコと国境を接するアメリカで麻薬の消費が盛んになったのはベトナム戦争のころからで、精神的ストレス解消のため麻薬の使用が広がり、メキシコが麻薬供給地の中南米諸国とアメリカを結ぶ要衝になったという。そして麻薬密輸を取り仕切る暴力組織と警察との血みどろの戦いが今でも繰り返され、カメラは市民を巻き込んだ残酷なシーンを執拗に追い続ける。

ロバート・キャパ賞受賞の経歴を持つイスラエル出身の報道カメラマン、シャウル・シュワルツが監督、撮影した作品だけに、「事実」が訴える力は圧倒的である。遺体収容室で行われる検死や、銃撃戦の実況もさることながら、犠牲者の貧しい墓がドンドン増え、その一方で金持ちの超豪華な墓も建てられるシーンも印象的で、貧富の差の凄まじさをまざまざと見せつけた。