▶ 2015年6月号 目次
水深44mからのメッセージ
~KBS77日闘争から何を学ぶ~(中)
羽太 宣博
KBS労組が報道に対する政治介入疑惑に鋭敏に反応した背景には、どんなことがあったのだろうか。
韓国における報道への政治介入の問題を論じる場合、韓国の特異な歴史を見逃すことができないであろう。1950年6月25日、朝鮮戦争が勃発。独立を果たして間もない韓国は、38度線沿いに走る軍事境界線を挟んで南北に分断され、今なお北朝鮮と対峙する現実がある。また、弾圧と腐敗に満ちた政治の歴史にまとわりつく言論統制も垣間見える。まさに韓国メディアの歴史が政権の圧力と戦い、時に屈してきたという歴史にほかならない。
今回の77日闘争について、KBS労組委員長(筆者注:いずれの労組か不明)のインタビューが元NHKアナウンサー堀潤氏主宰の市民投稿型ニュースサイト「8bitNews」(http:// 8bitNews.org/?p-=2565)に掲載されている。委員長は「KBSでは1990年4月にもこうした、政権に対立して、放送の独立性を求めるストがありました。放送民主化闘争です。2000年にも長期にわたってストもありました。不利益、解雇や転職もありましたが、KBSの構成員たちは使命を守るために恐れもなく闘ってきました」と振り返る。また、「KBSの社長を大統領が任命するという今の構造が根本の問題です。KBSの社長は大統領の顔色を常にうかがっており、実際の人事を決める過程でも影響を与えています。・・・構造を変える必要があります。公共放送の基本的な使命である真実の報道、国民の知る権利の保障が重要です。これらをどうやって守っていくのかというがメディア人の役割だと思っています。人々が信じられる放送メディアをつくるという目標をもってこのストを進めています」と説く。今回の闘争がKBSの放送の自主・独立、報道の自由を守る長年の闘争の延長線上にあることを宣言するものとして注目したい。
このインタビューの中でも指摘しているように、KBSの社長人事は、与党側7人と野党側4人の11人で構成する理事会が候補者1人を選定し、大統領が最終的に任命するものである。その仕組みは、その時々の政権の意向が色濃く反映されやすく、しばしば批判の対象になってきた。今回のストライキはキル社長の解任を求める闘争であったが、李明博前大統領就任直後の2008年には、前の政権が任命した社長の解任に反対するケースもあった。
この闘争で、公正な報道姿勢を求めた記者とディレクターおよそ1500人がKBSで新たな労組を結成した。この労組こそ、今回もう一つの労組と共闘してストライキに突入した2つ目の労組であった。2つの労組がそろってストライキに入ったのは初めてである。
KBSの闘争は、国民の知る権利にも深くかかわった点で、各方面からの関心を集めたのはいうまでもない。まず、メディアはどう反応したのであろうか。ストライキ2日目の30日、報道への政治介入の経験をもつ新聞・テレビ各社の労組からは、KBSの闘争を無条件に支持する声が一斉に上がった。「この戦いに勝てなければさらに大きな苦痛を受ける」「KBS構成員の決断を応援し、支持する」「常識的なジャーナリストなら、当然するしかない選択」「KBSのストライキは大韓民国言論全体の闘争」「KBSを権力から取り戻し、国民に返すための歴史的な闘争」など、各社の労組がKBS労組に連帯し、報道に対する政治介入に強く抗議する姿勢を明確に打ち出した。また、各紙の論調では、「KBSは果たして必要なのか」と題し、KBSの組織や放送内容を批判的に論じた東亜日報の社説もあったが、全体的には事実関係を丹念に伝えて関心の高さを示していた。
有識者の間からも支持する動きがあった。全国各地の大学でジャーナリズムを教える教授144人が22日に声明を発表した。「KBSの背後には大統領府青瓦台があり、軍事政権時代に行われていた言論統制と、権力と言論の癒着が再び行われている」と指摘。政府と国会に対し、公共放送の独立性を確保するよう強く求めたことが特筆される。
KBS闘争への連帯・支持する動きが高まるなか、ストライキで求めたキル社長の解任案は6月5日の理事会で審議された。解任案は与党側の理事も賛成に回ったことで、7対4の賛成多数で表決された。キル社長が労組の要求通り解任されることになり、KBSの闘争は収束に向かった。
一方、キル社長が政府からの圧力を受けて報道に介入したかどうかの疑惑は結局解明されていない。解任されたキル社長は、問題の発端となったキム報道局長が暴露した政治介入について頑なに否定し続け、その後も調査が実施されたとの情報はない。闘争は社長解任という目標を達成したものの、報道への政治介入疑惑については、闇に葬られたかたちになった。
(下につづく)
写真:板門店=南北分断の象徴、板門店。手前が韓国側、奥が北朝鮮側