▶ 2015年7月号 目次

「MERS(マーズ)」 これこそ知識を持って正しく怖がれ

木村良一


 飲食店での豚の生レバーの提供が、6月12日から禁止された。この日、テレビのニュース番組は「今日から提供禁止」と放映し、最後の豚のレバ刺しを食べようとする客でにぎわう前夜の居酒屋の様子も流していた。
 居酒屋が普段の倍の生レバーを用意すると、それに応えるかのように常連客が「牛の生レバーが禁止されてから豚の生レバーを食べるようになりました。これから豚も食べられなくなって残念です」とコメントしていた。
 ここでまずひとこと言わせていただく。豚肉は生では食べない。これが常識だ。食中毒を引き起こすサルモネラ菌などの細菌が付着し、命取りになるE型肝炎ウイルスや寄生虫にも汚染されている危険がある。食べた本人だけでなく、家族にも感染する可能性が否定できない。
 それにもかかわらず一部の飲食店では3年前の集団食中毒事件をきっかけに牛の生レバーの提供が禁止されたあと、代替品として豚の生レバーを出すようになった。厚生労働省によると、そうした飲食店はおととし7月の時点で全国に190カ所にも上った。
 厚労省は生の豚肉を食べることは想定外だったため、法的に規制してこなかった。ところが豚のレバ刺しを出すような非常識な飲食店が増えてきた。そこで今回、食品衛生法の規格基準を改正し、中心部まで加熱することを罰則付きで義務付けたわけだ。
 「最後の豚のレバ刺し」などと提供する飲食店も問題だし、それを喜んで食べる客も客だ。報じたテレビもどこかおかしい。「豚はよく火を通さないと危ない」という基本的な知識がないからこうした事態になるのである。
 さて本題の中東呼吸器症候群のMERS(マーズ)の話に入ろう。お隣の韓国でアウトブレイク(流行)して経済や外交にまで大きく影響し、朴槿恵(パク・クネ)大統領自身が「国家的困難」と拡大防止に苦戦しているが、このMERSは2012年に中東で見つかった新しい感染症だ。
 12年前に中国や東南アジアの国々で流行した新型肺炎のSARS(サーズ)のウイルスと同じ仲間のコロナウイルスが、このMERSの正体だ。感染者の咳やくしゃみの飛沫に含まれるウイルスを吸い込んだりして感染し、かぜと似た症状が出る。肺炎を引き起こして死亡することもある。糖尿病や呼吸器疾患などの持病がある人は重症化する危険性が高い。ワクチンや治療薬はないが、感染力はインフルエンザより弱いようだ。