▶ 2015年7月号 目次

<シネマ・エッセー> ルンタ

磯貝 喜兵衛 


ヒマラヤを仰ぐ仏教国チベットは、長い間鎖国を守る”禁断の国”であった。
1950年、そのチベット全域を中国は武力で併合。9年後、中国の侵攻に対して「チベット動乱」が起き、最高指導者だったダライ・ラマ14世はインドへ逃れ、チベット亡命政府を樹立した。

池谷薫監督の長編ドキュメンタリー映画「ルンタ」は、今も非暴力の戦いを続けている亡命チベット人たちの姿と、チベットの草原で遊牧生活を続ける素朴な農民たちに焦点をあてるのだが、この地で140人を超える”焼身自殺”が生まれている実態は何よりの衝撃だ。

映画は”焼身抗議”で自らの身体に油をかけ自殺した青年の実写から始まる。インド北部の町ダラムサラには、ダライ・ラマをはじめ10万人を越す亡命チベット人たちの多くが住んでおり、建築家で日本人NGO代表の中原一博さんもここで30年間にわたって故郷を失ったチベット人たちを支援してきた。

中原さんがインタビューする老人の一人は、チベット自治区のなかで中国への抗議運動をして捕らえられ、拷問を受けた体験を生々しく語るが、その実態はキューバ・グアンタナモ基地で暴露された米軍・CIAが行った拷問と酷似しているのにも驚かされた。同じような経験をした尼僧の証言もあり、中国政府に対して非暴力の抗議を続けるチベット人への弾圧の苛酷さを物語っていて、怒りを覚えさせられる。