▶ 2015年7月号 目次

新刊紹介「日本の森列伝ー自然と人が織りなす物語」

米倉久邦


 日本は森林大国である。国土の3分の2が森林に覆われている。フィンランドにトップの座は譲るが、ノルウェーとほぼ肩を並べる。先進国の中でも群を抜く高さだ。しかも、日本列島は南北に長い。南には亜熱帯の樹木が茂る。北上するにつれて暖温帯、冷温帯に移り、北海道では亜寒帯の森にも出会える。雨量にも不足はない。これほど豊かで多様な森林を持つ国は世界に無いといっていい。
 もう一つ、日本の森林を特徴づけるのは人との関わりだ。列島に人が棲みついてこの方、森は人々の暮らしを支えてきた。森の恵みを頂き、時に森を破壊し時に森を守った。どの森にも人の痕跡が残る。本の副題に「自然と人の織り成す物語」と付けた所以である。
 「多様性」と「人」の視点から、本書は北海道から沖縄まで12の森を選び、歩いたルポである。
北海道黒松内・北限のブナの森 函館から約100キロ北にブナの北限がある。氷河期に新潟の南にまで後退していたブナが、温暖化とともに北上を始め北限の地にたどり着いた。津軽海峡を越えるのに3千年がかかった。自ら移動できない樹木がどうやって進んできたのか。ブナの戦略はすごい。
山形県・庄内海岸砂防林 厳冬に北西の季節風が吹き荒れる。烈風が巻き上げた砂は家屋を埋め、田畑を覆う。そのすさまじさは想像を超える。人と砂嵐との闘いは400年に及ぶ。植えては枯れる、を繰り返した。海岸には長さ約33㌔、幅1.5-3㌔のクロマツ海岸林が砂を食い止めている。
福島県・奥会津源流の森 奥会津の山々は偽高山帯。標高は低いが、厳しい自然条件で山頂部に樹木は育たない。まるで高山のような風景になる。際立つのは豪雪だ。雪は雪崩となって独特の地形をつくり、植物は雪崩に耐える特質を持つようになった。一方で雪の下は気温ほぼ0度、雪は厳しい寒さから守ってくれるマントにもなる。自然環境が森の在り様を決定している。
静岡県伊豆半島・天城山塊の森 伊豆半島は太平洋の彼方からフィリピン海プレートにのってやってきた。やがて日本列島にぶつかり、列島の一部になった。壮大な地球のドラマである。その刻印はいまも天城山塊に残り、特異な植生も生んだ。山稜には、太平洋型のブナが茂る。江戸時代の小氷期に根付いたという。
比叡山・延暦寺の森 天台宗の総本山延暦寺の寺領、比叡山の森は日本史の大舞台、京都と近江を分かつ位置にあり、国家権力と宗教に翻弄されてきた。戦乱と権力闘争に明け暮れ再建のために森は伐採された。江戸時代には徳川家の庇護を受け、明治には神仏分離令によって寺領を没収された。
奈良県・春日山原始林 春日大社の背後にある山に広がる森林が春日山原始林である。奇跡の照葉樹林が残る。神の山として不伐の掟があったからだ。しかし、森の様相は変化しつつある。最大の圧力は植物を食べ尽くすシカだ。神鹿降臨に始まる大社ではシカは神の使い。どうするのか、答えが見つからない。